第2話<一緒に帰ろ?>

次の日の放課後、僕はいつも通り教室を出て、昇降口に向かっていた。

 誰とも話さず、誰とも目を合わせず、ひっそりと。


 こうして早めに帰れば、夕方の図書館にも間に合うし、人混みも避けられる。僕なりに編み出した“生存ルート”だった。


 が――。


「あっ、陽翔くん!」


 その呼び声に、心臓が一瞬止まった。


 顔を上げると、やっぱりそこにいた。

 昨日のギャル、天音るな。


 しかも、昇降口の柱の影から、まるで待ち伏せでもしていたかのような位置で、キラキラ笑っている。


「帰るとこでしょ? たまたま一緒だったし、帰ろっか♪」


 たまたま、じゃない。

 たぶん、絶対、わざとだ。


「……どうして、俺の下駄箱の場所知ってんの?」

「ふふっ、観察眼? 女子はそういうの得意なんだよ?」


 悪びれもせず、るなは僕の隣に並んだ。

 自然に歩き出す彼女に引っ張られるように、僕も玄関を出る。


「陽翔くんって、駅まででしょ? るなもだよ」

「……同じ方向なんだ」

「そうそう。まぁ、うちは駅からちょっと歩くけどねー」


 駅までの道は、わりと人通りがある。

 この時間だと、同じ学校の生徒も多い。だから正直、目立つ。


 ギャルと、陰キャ男子が並んで歩いてたら――どう見ても「不釣り合いなカップル」に見えるだろう。


 案の定、すれ違う何人かが僕たちをちらりと見て、ヒソヒソ話してる気配がする。


 でも、るなはまったく気にしていなかった。


「陽翔くんって、塾とか行ってんの?」

「いや、行ってない」

「そっか、じゃあ帰ったらすぐ勉強するタイプ?」

「……図書館、行くことが多いけど」


「へぇ〜……なんか、そういうの、いいよね」

 るなはぽそっと、つぶやくように言った。


「みんながワイワイしてる中で、自分の好きなことをちゃんとやってるの、ちょっと羨ましいなって思うときある」


 その言い方が妙にリアルで、ギャルっぽくなかった。

 キラキラした外見の裏で、何かをこっそり抱えているような声だった。


「……るなさんは、いつも楽しそうだけど」

「そりゃ表向きはね? ギャルってそういう生き物じゃん?」


 ふと、横を見る。

 笑ってはいるけど、その目は少しだけ、寂しそうに見えた。


 ほんの数秒だけど、僕は少しだけ、彼女の“素”を見た気がした。


 そのあと駅までの間、会話はゆるやかに続いた。


 好きな食べ物の話とか、好きな映画とか。

 僕が珍しく答えるたびに、るなは「へぇ〜! 意外〜!」とオーバーにリアクションしてくる。


「……こんなこと、あんまり言わないけどさ」

 駅の階段を上る直前、るなが立ち止まった。


「るなさ、陽翔くんと話すの、すごい落ち着くんだよね」


 その言葉に、頭のどこかで警報が鳴った。


 落ち着く? なにそれ。どういう意味だ。

 好意? まさか、いや、勘違いだ。陰キャあるあるの妄想だ。


 だけど、彼女はいたって真顔で、まっすぐこちらを見ていた。


「じゃあまた明日ね? 図書室、行くから!」


 軽く手を振って、るなは駅の改札へと消えていった。


 残された僕はというと、その後しばらく動けずにいた。


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 その夜、布団に潜っても、彼女の声がずっと頭の中を回っていた。


「落ち着く」「また明日」「陽翔くん」


 こんな言葉、これまで誰からも言われたことがなかった。

 僕の世界にはなかった、温度のある言葉たち。


 スマホの通知はゼロ。SNSも更新なし。

 そんな変わらない夜なのに、なぜか心だけが騒がしかった。


 ……不安と、ちょっとの期待と。

 そして、もうひとつ。


 彼女の目に浮かんだ一瞬の寂しさが、妙に気になっていた。

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