ギャルはインキャを恋に落とす夢を見る。

@naorinch

第1話<出会いは図書室で>

昼休み。

 クラスメイトがパンを片手に廊下を駆け抜け、どこかの部活が早弁しながらじゃれ合っている中で、僕――本田陽翔(ほんだ はると)は、図書室の一番奥の席にいた。


 この場所は、僕の避難所だ。

 人混みと会話が苦手な僕にとって、休み時間は地獄のようなノイズに満ちている。だけど、図書室のこの隅っこだけは、何も言わず、何も求めてこない。誰にも干渉されない安心感。それが、心地よかった。


 今日の読書は『夜の声を聴く』という少し古い文庫本。孤独と喪失をテーマにした静かな物語で、誰にも気づかれないように泣く登場人物が、なんだか自分と重なって見えた。


 ──それは、突然だった。


「ねぇ、ここ、座っていい?」


 耳元で響いた声に、体がびくりと跳ねた。

 上ずったような高い声。でも、明るくて、まるで太陽のように無邪気な響きがあった。


 顔を上げると、そこにはギャルがいた。


 金髪のハーフアップにピンクベージュのリップ。濃いめのメイクに制服のスカートはちょっと短め。胸元のリボンはゆるく、白いネイルがキラキラ光っている。

 僕のような陰キャの生態系とはまるで異なる、陽キャの極致。


 なのに、なぜか彼女は、僕の隣の席を指さしていた。


「え、あの…席なら、空いてるけど」

「ありがとっ!」


 躊躇なく彼女は腰を下ろす。

 図書室の椅子って、こんなに距離近かったっけ? と思うくらいに、彼女との間が近い。香水じゃない、柔軟剤みたいな優しい香りがふわっと漂ってきて、心拍数が跳ね上がった。


「ね、キミさ、何読んでるの?」


 興味津々といった様子で、彼女は僕の持っていた本のタイトルを覗き込んでくる。


「あ、『夜の声を聴く』ってやつ? なにそれ、めっちゃカッコいいタイトルじゃん。ホラー?」


「いや、文学。どっちかって言うと地味なやつ」

「ふーん。るな、あんま本とか読まないけど。読んでみようかなぁ。陽翔くんが読んでるならさ!」


 今、僕の名前、呼ばれた?

 ていうか、「くん」付け? なぜ、ギャルが僕の名前を知ってる?

 脳内に「???」が洪水のようにあふれ出す。


「え……なんで、名前……」

「んー、なんとなく? たまたま廊下ですれ違ったときに、名札見えたし?」


 それは嘘だと思う。

 この人は、明らかに何かを知っている。けど、それを僕に知られたくない理由がある、そんな目をしていた。


「陽翔くんって、いつもここにいるの?」

「……たぶん、ほとんど毎日」

「そっかー。じゃあ、また来よっかな」


 るな、って今言ったよな。

 たしか、天音るな。二年三組の、めちゃくちゃ目立つギャル。休み時間も放課後も、男子に囲まれて笑ってて、常にセンターにいるタイプ。僕とは、住む世界が違いすぎる。


 なのに、なんで……。


「ねぇ、陽翔くんってさ、なんでいつもひとりなの?」


 その質問は、やけにストレートだった。

 けど、不思議と嫌な感じはしなかった。彼女の声には、探るような鋭さじゃなく、ただ純粋な好奇心が乗っている気がした。


「騒がしいの、苦手だから」

「そっか。でも、そういう静かなとこにいられるって、ちょっとかっこいいかも」


 ギャルに「かっこいい」なんて言われたの、人生初じゃないだろうか。


 反応に困って視線を落とすと、彼女は僕の手元を見つめながら、にこっと笑った。


「じゃあさ、陽翔くん」

「……なに」

「るなと一緒に静かにしてても、いい?」


 その一言に、心がざわめいた。


 騒がしいのが苦手な僕にとって、「一緒に静かにしてもいい?」なんて言葉は、告白よりも衝撃的だった。


 けど、うまく言葉が出なくて、僕はただ小さくうなずいた。


「やったっ! じゃあ明日も、ここで! バイバイ陽翔くん!」


 そう言って、るなは立ち上がり、ひらひらと手を振って図書室を出ていった。


 その笑顔が、どこか懐かしく見えたのは──

 気のせいじゃなかった。


 僕は気づいていない。

 けれど彼女は、はっきりと覚えている。

 ──数年前、泣いていた少女にそっとハンカチを差し出してくれた“あの男の子”のことを。

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