第2話 雨と傘と天然さん

 チャイムが鳴って、放課後。

 窓の外を見た瞬間、音と共にそれはやってきた。


 ザーー――。


「うわっ! 愛翔くん、お水降ってるよ!」


 温花さんの声に反応して、思わず温花さんのいる横を向く。 温花さんが指をさしている方向は窓の外。

 って……いや、普通にだよね、それ。

 でも確かに水が降っているともいえるほどの強い雨だ。


「すごい勢いだね。まるで……水道が壊れたみたい」

「うん、似てるかも!」


 温花さんがニコニコしながら窓に顔を寄せる。

 どうやら、雨で濡れているアスファルトが「ちょっと綺麗」らしい。こういう感受性の豊かなところが、彼女の天然っぷりに繋がっているのだろうか。

 そんなことを考えながら俺が教室から出ると、温花さんが後を追うように教室から出てきた。

 特に気にすることもなく、俺が一人で歩いていると――。


「愛翔くーん。歩くのちょっと速いよ~」

「えっ?」


 まさかの発言に驚いて、足を止める。俺の声を聞いた温花さんも、「えっ?」とオウム返しをしてくる。

 えぇーと……。その反応はつまり、俺と一緒に昇降口まで行くつもりってことだよな。

 なぜ? という感情が頭をよぎるが、こういう場合は俺みたいなやつは拒否ができない。

 相手がいくら優しかろうが、天然ちゃんであろうが関係ないのだ。理由としては単純で、拒否る勇気がないからである。

 うーん、なんて返せばいいかな……。

 俺は脳をフル回転させ、たどり着いた結論を述べる。


「ごめん。ちょっとぼーっとしててさ」

「えっ、大丈夫? 頭に血が上ってるんじゃない?」

「それはちょっと意味合いが変わってくると思うんだけど⁉」


 俺が大丈夫だと伝えると、「そっか。よかった~」と微笑んでいた。そんな彼女の笑顔に俺は、結構心配してくれてたんだな、と感じるのだった。



 二人並んで昇降口を出れば、温花さんの姿にある違和感を抱く。


「……温花さん、傘は?」

「あ、うん。持ってきてないの。だって、今日は降らないってスマホが言ってたもん」

「スマホが……?」

「うん! でもスマホもたまには間違えちゃうんだね〜。かわいい」


 いや、可愛くはないと思う。

 俺はカバンの中を覗き込む。折りたたみ傘がひとつだけ入っているのを確認して、ほっとしたのも束の間――。

 ……いや、この状況はどうしたら良いのだろうか。

 普通ここまで言ってしまったら、相合傘に誘うのがセオリー(?)だろう。

 でも、初めて会話をしてからまだ3日だしな……。

 ……まっ、いいや。考えるのが面倒になった俺は、思考を放棄して温花さんに、感じで尋ねる。そう、あくまでも感じでだ。


「一緒に入る?」

「うん!」


 即答だ。顔をパッと明るくして、まるで花が咲いたみたいな笑顔を見せる。

 ここまで即答だと、これを狙ったのか? と思ってしまう。そんなこと、ある訳はないのだけれど。

 俺が傘を取り出すと、温花さんが首を傾げて聞いてきた。


「でも、それって入れるかな? ほら、私ちょっと、髪の毛ふわふわしてるから……」

「え、そんな理由で?」

「うん。雨が降ると、髪の面積が広がるっていうか……」


 いや、髪の毛ってそんなに拡張性あったっけ?


「……まぁ、気持ち詰めていけば、入れるんじゃないかな」

「気持ち詰めるの、得意かも〜。ほら、今日も筆箱にのりと裁縫セット詰めてきたし!」

「なんで?」

「なんとなく!」


 二人で傘を開こうとして、ちょっとドキドキしている俺をよそに、温花さんは完全にノリノリだった。

 傘の中、ぎゅっと距離が縮まって、俺は少し顔が熱くなる。こんなシチュエーションは意識していなくたって、ドキドキしてしまう。だって、男の子ですもの。

 だけど温花さんは、そんな俺の気も知らずににっこり笑って言った。


「愛翔くん、ほっぺ赤いよ。あったかい傘だね!」

「……温花さん、それ多分、俺の体温です」

「わー、それも含めて、傘だね!」


 ……何だそれ。

 雨はまだ止まないけど、なんだか少しだけ、心の中が晴れていくような気がした。

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