第2話「村の宿と、視線の理由」
村は、静かだった。
森を抜けてすぐ、緩やかな坂の下に現れた集落は、木造の建物がいくつかと、畑が点在する程度の小さな集まりだった。
だが、妙に視線を感じる。
「……なんか、見られてないか?」
俺がそう呟くと、先頭を歩いていたミーナが少しだけ肩をすくめた。
「この村はね、外から来る人が珍しいの。特に“君みたいな人”は、あまり見かけないから」
言葉を濁しながらも、彼女の目はまっすぐだった。
畑で作業していた女性たちが、道の端で手を止める。明らかに俺を見ている。目が合うと、慌てて顔を伏せた。
ただの物珍しさ……ではない。
この“感じ”、日本では一度も味わったことがない。
「着いたわ。ここが宿。旅人や傭兵向けの簡易な建物だけど、清潔で食事も出る。ひとまず身体を休めるには十分よ」
ミーナが指差したのは、二階建ての木の建物だった。窓は閉じられていて、入口の扉も重厚そうだが、壁沿いに干された布や草薬らしき束が風に揺れている。
「ここの女将は信用できる。……ちょっと待ってて」
ミーナが扉を開けて中へ入っていく。数分もせずに戻ってきて、俺に言った。
「部屋、取れたわ。代金はこっちで払うから気にしないで」
「悪いな。恩を返せるほど余裕ないけど……」
「そういう言葉を返せるだけでも、十分よ」
どこかやわらかく笑う彼女の後ろで、金髪のリサと銀髪のカトレアがじっとこちらを見ていた。二人とも何か言いたげな表情をしているが、結局何も言わず、そっと頭を下げただけだった。
*
案内された部屋は、思ったよりも広かった。
小さなベッド、木の机、棚には薄い毛布と水差し。壁は粗い木目がそのまま見えていたが、どこか落ち着く。
「この部屋を一晩だけ使って。明日以降のことは、それから決めましょう」
ミーナの言葉に頷いて、荷物もないベッドに腰を下ろす。
「……それと」
彼女が扉の前で振り返った。
「この世界では、“男”は珍しいの。……それだけは、少し覚えておいて」
そう言い残して、静かに部屋を後にした。
*
しばらく一人で天井を見上げていた。
木が軋む音と外の風の音だけが、部屋を満たす。
――男が珍しい?
そんなの、どれくらいの比率でって話なんだ。
この村には、すれ違った人も含めて一人も“男”を見なかった気がする。
ミーナたちの視線。村人たちの反応。リサがずっと俺と目を合わせなかった理由も……。
考えたくないけど、もうだいぶ、色々とおかしい。
……そんなとき、扉がノックされた。
「……あの、レイ、入ってもいい?」
声はリサだった。入ってきた彼女は、スープとパンが載ったお盆を両手で持っていた。
「夕飯。さっき、宿の人が作ってくれて」
「ああ……ありがとな」
受け取ろうと近づくと、彼女の手がほんの少し震えていた。顔をあげると、目が合って、一瞬で逸らされる。
「えっと……なんか、悪いことしたか?」
「ううん! そ、そういうんじゃないの! ただ……」
リサは何かを飲み込むようにして、言葉を継いだ。
「黒髪と黒い瞳って、このあたりでは本当に見ないの。……それだけじゃなくて、声も落ち着いてて、普通に話してるだけで、なんか、変な感じで」
「変な感じ、って」
「わ、悪い意味じゃなくてっ。あの、近づくと変な汗かくっていうか、顔が熱くなるっていうか……!」
彼女の言葉に、俺は無言でスープを受け取り、テーブルに置いた。
リサは慌ててトレイを抱え直し、ぺこっと頭を下げた。
「ご、ごめんっ! 変なこと言ったよね! また明日、ね!」
ばたん、と音を立ててドアが閉まった。
「……なんなんだよ、本当に」
スープの香りが部屋に広がる。湯気がゆっくり立ち上り、鼻腔をくすぐる。
悪意のある反応ではない。けれど、明らかに“普通”ではない。
この世界の常識が、どうなっているのか。
まだ全然分からない。でも、少しずつ――肌で分かってきた。
俺はこの世界で、「何かが特別」らしい。
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