『貞操逆転の世界で黒髪黒目は狙われる』
すりたち
第1話「名も知らぬ場所にて」
気がつくと、空があった。
青く、やけに広い空だった。見たことのない形の雲が、風に押されて流れている。
身体は土の上。湿った草の匂い。指先に微かな痛みを感じて、ようやく現実だと理解する。
「……どこだ、ここ」
言葉に出したところで答えは返ってこない。
周囲を見渡しても、人の気配はない。あるのは草原と、遠くの森だけ。風に揺れる草の音だけが、やけに耳に残る。
スマホを取り出してみる。画面はつくが「圏外」。時計の表示だけが空しく瞬いていた。
──何が起きた? 寝ていたわけでも、記憶が飛んだわけでもない。なのに、どうして。
あまりにも整いすぎた「異常」な環境に、ふと胸の奥に浮かぶ一つの言葉。
――異世界?
そう思ってしまうのも無理はなかった。けれど、それを口に出す気にはなれなかった。現実感が薄すぎて、自分で言葉にした瞬間、何かが決定的に変わってしまいそうで。
「とりあえず、動くか……」
立ち上がり、遠くの森へ歩き出す。じっとしていても、状況は変わらない。水も食料もなければ、話す相手もいない。
風が背を押すように吹いた。
*
森は暗く、風の音も聞こえづらい。動物の鳴き声もなく、木々のざわめきだけが深く耳に残る。
それでも、森の中の方がまだ落ち着く。開けた場所で目立つのは避けたかった。草原の真ん中で寝ていた時点で、何が起きてもおかしくない。
そんな考えが、現実になるのは早かった。
「おい、見ろよ。あれ……男じゃねえか?」
木の影から3人の女が現れた。
擦れた声、粗雑な武器、汚れた装備。どれを取っても、危険な雰囲気しかない。
「うっそ、マジじゃん。黒髪? 黒目? やば……売れるわ」
「久々の大当たりだな。傷つけないように気をつけろよ」
近づいてくる彼女たちの目は笑っていなかった。
俺は思わず数歩、後ずさった。後ろは木々。逃げ場は多くない。
「待て、近づくな」
「うわ、声もいい……やば……!」
聞く気もないのか、にやついた顔で迫ってくる。
何か言おうとした瞬間、風を裂く音が響いた。
――ドン、と音がして、一人が吹き飛ぶ。
「やめなさい、下種ども」
声と同時に、草むらから3人の女が飛び出してきた。
鮮やかな動きで敵の懐に踏み込む。細剣を握った赤髪の女を中心に、金髪と銀髪の二人が素早く左右に展開する。
「女のくせに……!」
「そっくりそのまま返すわよ」
短い戦いだった。あっという間に盗賊たちは倒され、森の静けさが戻った。
茫然としていた俺の前に、赤髪の女が立つ。
「大丈夫? 怪我は?」
「あ、ああ……助かった。マジで」
「よかった。……立てる?」
彼女が手を差し出してきた。
ためらいながらも、その手を取る。少しひんやりして、でも力強かった。
「俺は、レイ。あんたら……?」
「ミーナ。私は冒険者よ。こっちはリサ、あっちはカトレア。みんな仲間」
「……そっか。ありがとう、本当に助かった」
礼を言うと、3人ともどこか落ち着かない様子で顔を見合わせた。
その視線の先が、俺の髪と瞳に向いているのがわかる。
「その……レイ、ちょっと変わった見た目ね。髪と……目の色が、すごく……」
妙な空気。
けれど、それを追求する余裕はなかった。
「ここから……どこか人のいる場所、あるか?」
「ええ、村があるわ。一緒に来て。危ないから、一人で動かない方がいい」
「助かる。よろしく頼む」
素直に頭を下げると、なぜか3人は一瞬、黙り込んだ。
それから、ミーナがふっと微笑んだ。
「変わってるわね、レイ。……でも、嫌いじゃないわ。行きましょう」
俺はその背を追いながら、考える。
ここが本当に、現実の延長なのか。
それとも……どこか別の、異なる理で動く場所なのか。
今はまだ、何もわからない。
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