触雷事件
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──触雷事件
オストライヒ帝国海軍潜水艦隊に所属する潜水艦の1隻U-39は大陸海峡に密かに潜航していた。
その狙いは偵察である。
「潜望鏡深度まで浮上」
「潜望鏡深度まで浮上」
ゆっくりとU-39が浮上する。
U-39はディーゼル・エレクトリック方式の通常動力潜水艦で、小型であることから大陸海峡での任務に適すると判断されていた。
「見えた。ガリアの戦艦だ。ラマルティーヌ級戦艦を視認」
まずU-39の艦長が発見したのはガリア人民海軍のラマルティーヌ級戦艦だ。45口径38センチ砲を主砲とする戦艦で、オストライヒ帝国海軍の戦艦同様に改装されて艦対空ミサイルが配備されている。
ガリア人民海軍は前大戦と革命の際に多くの艦艇を失い、将校たちが亡命したことで壊滅的な打撃を受けていた。革命後もオストライヒ帝国の脅威に立ち向かうために陸軍力の強化が求められ、海軍の再建は放置されてしまっていた経緯がある。
今でもラマルティーヌ級戦艦はフラッグシップであるラマルティーヌとプルードンの2隻のみであり、ガリア人民海軍が有する戦艦はそれだけだ。
ガリア人民海軍司令官であるアンリ・ダルラン人民海軍上級大将は海軍の再建計画を何度も提案しているが、政府は陸軍と空軍の整備に予算を充てている。
「輸送船が多数大陸海峡を渡っている。ガリアの義勇軍というやつか」
U-39の艦長は潜望鏡で大陸海峡を渡り、大陸からアルビオン島へ移動していく船舶を発見してそう呟く。
その船舶の数を数え、ガリア人民海軍の動きを把握したのちに、対潜哨戒機は飛んでくる前にU-39は大陸海峡を離脱した。
そして、U-39の得た情報はすぐさま海軍参謀本部に連絡され、さらにそこから今年帝歴1963年になって設置された皇帝大本営に報告された。
「ガリアは頻繁に兵力をアルビオンに送り込んでいる。アルビオンこそが決戦の場とでもいうかのように」
アルブレヒトが報告書を眺めてそう呟く。
これまで行われた潜水艦による監視任務によって、ガリアが義勇軍と称する部隊を4個師団強送り込んでいるのが把握されていた。
「アルビオンの内戦が終わるのは難しそうですね……」
「そうだ、ユーディト。終わるのが難しいだけだ。負けるわけではない」
ユーディトの憂いにアルブレヒトはそう返す。
「だらだらと長引く戦争になる。このままならばな」
「何か手がおありなのですか?」
「ああ。策はある。現地の情報によればアルビオンの反政府勢力はその勢いを失いつつある。ロンディニウムが落とせなかったのが響いたのだろう。陸海軍で反乱を起こした将兵はすでに政府軍に帰参し始めた」
「そうであるならば、ガリアからの支援を断てば」
「ああ。反政府勢力は総崩れになるだろう」
ロンディニウムをオストライヒ帝国が奪還し、アルビオン政府軍を救援したことで、反政府勢力に加わっていた陸海軍部隊は勝ち目なしと悟り、降伏を始めていた。アルビオン政府軍も今ならば罰さないとして降伏を促していた。
「では、大陸海峡の封鎖でしょうか」
「それをまずは試す。既に海軍が大陸海峡の機雷封鎖に向けて動いている。潜水艦隊が小型潜水艦を使い、大陸海峡に機雷を撒く」
「しかし、それでガリアの海軍が触雷しますと問題になるのでは?」
ユーディトの懸念は、ガリアの正規軍である人民海軍の艦艇がオストライヒ海軍が撒いた機雷に触雷することだった。それは両国間における戦争の勃発を意味するのではないだろうかと。
「ガリアの海軍にアルビオンの機雷と我々の機雷の区別はつかないそうだ。連中の海軍力は極めて低い」
ガリア人民海軍は先に述べたように再建途上にある。今は限定的な攻撃能力こそ有すれど、掃海能力や対戦能力は欠いているのが実情だ。
「それに、だ。我々とてずっとガリアとの戦争に備えてきたのだ。陸海空軍の全てがガリアを打倒するための訓練を重ねてきた。……ただ問題になるのはルーシの動きになる」
「例の社会主義同盟ですね」
「そうだ。あの防衛同盟が発動しないように、ガリアからの攻撃を誘引しなければならない。そうしなけば我々は二正面作戦を強いられる」
ガリアとルーシは社会主義同盟という防衛同盟を締結している。それがある限り、オストライヒ帝国から戦争を仕掛けるのは、自動的に二正面作戦に移行することを意味する。オストライヒ帝国がいかに巨大でもそれは危険だ。
「つまり相手から、ガリアから戦争を引き出さなければならない。そういうことになるのですか?」
「まさに。そのために必要なことを我々は準備している途上だ」
アルブレヒトの狙いはガリアからの宣戦である。それによってガリアとルーシを各個撃破してしまうつもりだった。
「最初は挑発だ。それから始まる」
アルブレヒトのこの言葉ののちにオストライヒ海軍は大陸海峡の機雷封鎖を開始。
潜水艦から密かに機雷が大陸海峡に撒かれ、大陸海峡に危険な機雷が設置される。
このことにガリア側が気づいたのは、輸送艦が触雷し沈んだことでだった。対潜作戦能力の低いガリア人民海軍では、そうなるまで気づけなかったのだ。
「救助を!」
触雷し、沈みゆく輸送艦を救助するためにガリア人民海軍の駆逐艦が急ぐ。しかし、その駆逐艦も触雷し、真っ二つにへし折れてしまった。
混乱は加速する。触雷の情報が伝わらず、駆逐艦が横転したという情報だけを得た戦艦ラマルティーヌが前方に出てしまい、ラマルティーヌもまた触雷したのだ。
「右舷から浸水!」
「ダメコン急げ!」
ここにきて練度の低さが仇となる。ガリア人民海軍では適切なダメコンが行えず、戦艦ラマルティーヌは奮闘したが、最終的には転覆し、大陸海峡に沈んだのだ。
ガリア・コミューン政府はこの報告に驚き、怒りを示した。
「機雷を撒いたのはアルビオンなのですか? それともオストライヒなのですか?」
サティ第一書記が人民海軍司令官のダルラン上級大将を呼び出して詰問する。
「不明です。我々には区別がつきません。そして、どちらにも大陸海峡に機雷を敷設できる能力があります」
ダルラン上級大将は率直にそう述べた。
「機雷の除去は可能なのですか?」
「我々の掃海能力は極めて低いと言わざるを得ません。恐らくは完全な機雷の除去は不可能でしょう」
「なんてことだ」
ここで海軍の怠慢だとか、ダルラン上級大将を罷免しろという声が上がる。
「アルビオンへの支援は何としても続けなければなりません。海軍には挽回のチャンスを与えましょう。アルビオンへの支援継続と大陸海峡の掃海を何としても」
「……分かりました、第一書記閣下」
ここでノーと言えばダルラン上級大将は抗命罪や国家反逆罪で処刑される。これまで多くの軍人がそうやって処刑されてきたのだから、ダルラン上級大将も知っていた。
こうしてガリアは大陸海峡の通行不能状態が続き、アルビオンの反政府勢力は支援を受けられないまま弱体化しつつあった。
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