4日目

 気付けば、池のほとりに立っていた。見慣れた景色、小学校に通う途中でいつも横を通る、茶色い水をたたえた貯水池。俺の背にはランドセル、そうだ今も登校中だ。


 そして池の真ん中あたりには、うつ伏せの女の人がぷかぷか浮かんでいた。なんとなく見覚えのある紺のスーツを着て、波打つ水面に長い黒髪が拡がって揺れている。

 うーん、あれは誰だったっけ。

 思い出そうとして空を見上げると、ぽつんと顔に水滴が落ちてきた。雨かな?



 ぽつん


 ぽつん



 でも雨にしては、なぜか俺の顔にだけ落ちてくる。いつまでも同じ間隔で一滴ずつ。

 それに、なんだか生臭い。

 そして床にぶつけた後頭部がひどく痛かった。


 ──そこで目が覚めた。


 部屋は暗くなって、異様な静けさに包まれている。

 ちょうど天井のと向き合う位置で仰向けになっていた。

 目を凝らすと、そこに青白く浮かび上がるのは染みではなく、無表情な女の顔だった。人間の女の顔が、天井に張り付いているのだ。


「───!」


 叫ぼうにも声は出ない。目も逸らせない。

 顔の周囲で長い黒髪が天井に拡がり揺らめいていたから、さっき見た水死体を下から見上げているのだと気付いた。

 どこかで見た顔だと思った。


 ぽつん、とまた顔に水滴が落ちる。


 女が何かぼそぼそ囁いて、その終わりに紫色の唇からしたたり落ちる水滴だった。

 それは動画に録られていた、例の聞き馴染みのある言葉。胸が、ざわつく。

 体が動かないので、ただ水滴を待ち受けるしかできない。

 耳が慣れたのか、それとも女の声が少しずつ大きくなっているのか、だんだん言葉が聞き取れるようになってきた。それにつれて、胸のざわつきも大きくなっていく。



 アオキ、タツヤくん



 ──それは、俺の名前だった。


 フルネームで、最後に「くん」付け。まるで学校の朝の出欠確認みたいだ。

 ……ああ、そうか。この女の顔は小学校の担任教師のものだ。名前は確か……




 ……だめだ。思い出せない。

 諦めた瞬間、天井の彼女が目をカッと見開き口を大きく開けた。

 その中から溢れ出した大量の茶色い水が、俺の顔に猛然と降り注いだ。

 泥や砂利やよくわからない何かの混じった汚水が痛いくらい顔を叩く。

 息が出来ない! なんとか空気を確保しようと口を開けると、泥が中まで入り込んでくる。

 仰向けで吐き出すことも出来ない。いつの間にか自由になっていた両手で、鼻と口から必死にかき出そうとするけど、もう気管に入り込んで……息が……でき……な……

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