3日目

 水溜りは当然のようにそこにある。

 明らかに昨日より広がって、茶色く濁りすえた・・・匂いを放っていた。

 ただ、水の匂いと部屋に漂う異臭とは別のような気がした。

 スマホを確認すると、動画はまだ撮影中になっている。匂いの出どころを探しながら、映像を再生する。


 冷蔵庫に腐るような食材はない。

 トイレはむしろ芳香剤でいい匂いがした。


 変化のない動画を早送りする。

 二時間を過ぎて、小さな水溜りが出現した。

 撮り始めたのが日付の変わったころだから、ちょうど午前二時ぐらいだろう。

 数秒おきに波紋が拡がって、水溜りはじわじわ大きくなっていく。天井から、水滴が垂れているようだ。


 さらに早送りしてみた。水溜りはだいぶ大きくなっている。

 ためしに音量を大きくしてみる。水滴の落ちる水音、自分自身の寝息、そして微かに何かを囁く声のようなものが聞こえた。

 はっきりとは聞き取れなかったけど、短い二文節ぐらいの同じ言葉を繰り返しているようだった。なぜか聞き馴染みのある言葉の気がして、胸がざわめいた。

 水滴は、単語を言い終えたタイミングで落ちてきていた。


 天井を見上げる。染みが、もうひとつ増えていた。並んだ二つの染みと等間隔の、細長い染み。

 それらはまるで二つの目と口のようで、天井に浮かぶ顔に見えた。


 ぞわり鳥肌が立つ。急激に水溜りへの嫌悪感がわいた。洗濯機に駆け寄ってタオルを取り出そうと蓋を開けた瞬間、洗濯槽内から拡がった凄まじい悪臭にその場で嘔吐していた。


 異臭の出どころは、洗濯機だった。口元を手で拭いながら覗き込むと、白かったタオルは真っ黒に変色して、ところどころにクリーム色の何かがもぞもぞ蠢いている。

 直視するとまた吐いてしまいそうで目を逸らし、ふらふらと後ずさると、素足にひんやりした感触。──水溜りに、足を踏み入れていた。


「くそッ」


 慌てて離れようとした俺は、水のぬめり・・・に足を取られ転倒していた。スローモーションで視界に入った天井のしみが無表情に見下ろす中で、床に強打した後頭部を襲う衝撃と共に、俺は意識を失った。

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