第一部 2012年 春 第1話『4月20日-1』
月ノ宮 澪が狩野カズヤに引き取られから四年の歳月が流れた――彼女は都内の中学校に通うようになっていた。
当然だが、月ノ宮 澪は小学生の頃と変わらず、クラス内で美しい孤立を保っていた。誰にもしゃべりかけず、一応は質問に答えるも話を広げることはしない。そして、部活にも入っていないため、授業が終われば誰よりも早く教室を出て行っていた。
このような状況は月ノ宮 澪本人が望んでいるのもあったが――きちんとした事情もあった。
学校からの帰り道、曲がりくねった住宅街を歩いていき、カップルで賑わう井の頭公園を通り抜けてようやく、最寄り駅の『吉祥寺駅』に辿り着いた。月ノ宮 澪は井の頭線『吉祥寺駅』の改札口を定期券で抜けると、そのまま『渋谷行』の急行電車に乗った。車内は近隣に勤めているサラリーマンや、自分と同じ学生が多く乗り込んでいたが、始発駅ということもあり彼女は座る事ができた。電車は定刻通りに動き出した。
やがて『渋谷駅』に到着すると、一斉に人々が電車を足早に降りていった。月ノ宮 澪はそれを横目に、ゆっくりと階段を降りて、西口の改札口から出ていった。それから彼女は、背の高いビル群に囲まれた狭い道を歩き、車がごった返している246号線を歩道橋で渡ると、ようやく目的地であった『セルリアンタワーホテル』に到着した。
普通ならば、セーラー服を着た女子中学生が来るのがいささか違和感を持つ場所であるが、そうした周囲からの奇異な目に慣れていた月ノ宮 澪は堂々とホテル内部に入っていった。彼女はホテルマンなどに呼び止められることもなく、ロビーを抜けてエレベーターホールまで到着した。
ありがたいことに、月ノ宮 澪が乗り込んだエレベーターは誰も乗っていなかった。彼女は抱えていた学生カバンにしまってあった財布から、何も書かれていないカードキーを取り出した。それから行先階ボタンの下部にある差込口にそのカードキーをいれると、エレベーターは彼女がボタンを押していないのに、勝手に上昇を始めた。
やがてエレベーターはどこの階に止まる事もなく、さらには本来の最上階すら通り越し、その上に存在しないはずの階で停止して、ドアを開けた。その先には一フロアを広々と使った、見事な庭園を備えた平屋の美しい日本家屋が鎮座していた。
そんな非日常的な光景にも月ノ宮 澪は特に動じることはなく、エレベーターから伸びる石畳の通路を歩いて、その日本家屋の玄関までやってきた。玄関は自動ドアになっており、ドアの前には彼女の腰ほどの大きさがある長方形の機械が置かれていた。月ノ宮 澪は慣れた手つきでその機械のパネルに自分のID番号『C7E6E2』を打ち込むと、『IDを認証いたしました』という機械音声と共に、自動ドアが彼女を迎え入れる様に開いた。
どうして渋谷のど真ん中にあるホテルにこんな施設があり、そんな所に月ノ宮 澪が来ているのか――その理由は、彼女が狩野カズヤの仕事を手伝うためであった。
ここは狩野カズヤが務める――いや、正確には彼をリーダーとした秘密結社『組織』の日本支部、通称『第四支部』である。『組織』とは冷戦末期、アメリカで立ち上げられた月ノ宮 澪のような『特異な力』を持つ人間、『能力者』の人権を保護し、『能力者』による事件を秘密裏に解決するために立ち上げられた。また、『組織』は表向きには政府と無関係であるが、『組織』の理念や活動などに協賛してくれている各国政府からは黙認され、協力関係を結んでいる。
そして現在、十四歳になる月ノ宮 澪はここで事件解決の手伝いをするために、トレーニングを日夜、こなしていた。『組織』がいくら非合法で、法規外の活動をしているとはいえ、なんの戦闘訓練もしていない素人を現場に向かわせるようなブラックな会社ではない、ということだった。
そうして月ノ宮 澪はいつもの通り、第四支部にあるトレーニングルームへ向かった。途中、制服を着替える為にロッカールームに行くと、そこには先客が二人いた。
その二人は入ってきたのが月ノ宮 澪だと確認すると小さく、「人殺しのくせに……」「どうしてこんな所にいるんだか……」などを呟き、彼女と目を合わせないようにロッカールームを出ていった。
そんなことをされても、特に月ノ宮 澪は気にしなかった。それも、いつもの事だったから。
制服から運動着に着替え、トレーニングルームに入ると周囲の反応はより顕著だった。月ノ宮 澪が入ってきたことに気が付くと、ほとんどの人間は出ていった。こうして、独りになった彼女は淡々と、準備運動を始めた。
『訓練を終え次第、支部長室に出向せよ』
月ノ宮 澪は決められた訓練を終え、汗をシャワー室で流し帰宅のため制服に着替えていると、支給された携帯電話にメールが届いていた。内容を確認した彼女はすぐに準備を整え、支部長室に向かった。
「――月ノ宮 澪です。入ってもよろしいでしょうか?」礼儀正しくドアをノックすると室内から「どうぞ」と返答があった。それを聞いてから彼女は、ドアを開けて中へ入った。
支部長室は第四支部の外見とは違って、オフィスに設えられた広い洋風の応接間で、中央には二つの革製のソファーが置かれていた。奥のデスクには狩野カズヤが座っており、ソファーには髪を短く整え、柔和で優しそうな顔をした男性――加瀬都色(かせとしき)が座っていた。
「失礼します――月ノ宮 澪、出向命令に従い伺いました」室内に入った月ノ宮 澪は頭を下げて一礼した。
「よし……まずは座って楽にしてくれ、月ノ宮」
そう言われて月ノ宮 澪は迷わず、加瀬都色とは反対側のソファーに座った。それを確認してから狩野カズヤはまず、世間話から始めた。
場の空気を朗らかにしようと日常生活での苦労や学校のこと、そして『組織』でのことなど――その全てに月ノ宮 澪はそっけなく、几帳面なほどに角張った返答を送った。
都合五分ほどで、世間話を諦めた狩野カズヤは、ため息まじりに本題に入ることにした。
「現在、『組織』に『能力者』の犯行と思しき事件が提出された。普段なら『実働隊』に回す案件であり、目の前にいる加瀬に頼むことではあるんだが――運の悪いことに、こいつには緊急案件が入った」
そう言う狩野カズヤの顔は苦虫を噛み潰したようで、名前を言われた加瀬都色はバツの悪そうにしていた。
「そこで動かせる戦力として月ノ宮 澪……お前を指名しようと思う」狩野カズヤは月ノ宮 澪の顔を見た。「どうだ、やれそうか?」
「――謹んで、お受けいたします」
間髪入れず、少しの迷いもない月ノ宮 澪の返答は、任務への気負いなど微塵も感じさせなかった。そのことに狩野カズヤはいささかの不安を感じたが、
「……頼んだぞ」上の人間が命令を覆すわけにもいかなかった。
「それじゃあ、事件についての詳しいことは、ルイ・キロウのところに行って聞いてくれ。場所はわかるか?」
「はい――大丈夫です、支部長。作業室の位置は把握しております」
頭を下げて退室しようとする月ノ宮 澪に狩野カズヤが「おい――」と呼び止める。
「任務はバディで行うものだ――くれぐれも、一人で先走ったりするなよ。お前の能力はそれだけのことができるが、それを過信しすぎるなよ」
狩野カズヤから忠告が飛んできた。月ノ宮 澪は再び、頭を下げて、
「了解いたしました。それでは……失礼いたします」
粛々と、退室していった月ノ宮 澪を見送った狩野カズヤは盛大なため息を吐いた。
「――ったく、上層部の奴らにはほとほと、困らせられるよ」
愚痴と一緒に、テーブルに置かれた煙草とジッポーを手に取り、一本を咥えて火をつけた。
ここで狩野カズヤの言う上層部とは――『組織』のスポンサーであり、各国政府のことだ。彼らはこの事件解決の選定兼を持つ狩野カズヤに、『十分な訓練を積んでいる月ノ宮 澪に事件を任せるべきではないか』なんて圧力をかけてきた。
唐突なこの物言いに、狩野カズヤは腹がたったが、彼らの意図も理解できる。月ノ宮 澪のもつ『能力』は過去、『組織』に在籍した者の中でも屈指だ。だから評価試験代わりに事件を解決させ、誰にも文句を言わせない実績を作り、異例の若さで『実働隊』に入隊させたい、そんなところだった。
「――失礼ですが……自分はこれで良かったと思いますよ」
その愚痴に反論したのは加瀬都色だった。普通の会社ならば、部下が上司にモノを言うのはかなりのことだが、この二人の間にはそういうものはなかった。
「確かに上層部の思惑が絡んでこうなりましたが――月ノ宮は周囲からやっかみを受けているそうですし、それを解消させるいい機会だと思いますよ。力があるなら何かはしてほしい、とね」
この言葉に、狩野カズヤは顔を顰め、不味そうに煙を吐き出した。
「だとしても……」狩野カズヤもそれとなく、月ノ宮 澪が周囲から孤立させられているのを知っていた。その原因が、彼女の持つ『能力』が有能すぎることであることも理解していた。「あいつはまだ、中学生になったばかりの子どもだぞ」
この言葉の端には、狩野カズヤが形だけだが月ノ宮 澪の保護者として、彼女には真っ当な青春を過ごして欲しいと考えていることが見て取れた。しかし、加瀬都色はあえて、それに目を瞑った。
「ただ『能力者』にそんなものは、あまり関係ありませんよ。しかも有能だ、有能だと持て囃されているなら――証明してほしい。それが周囲の声というものでしょう……馬鹿げていますけどね」
この加瀬都色の身もふたもない言葉は、上層部を皮肉り、勘違いしている周囲への嘲笑だった。
「そうかもしれないな――」
次の更新予定
Black & White 千隼 @hy0013
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。Black & Whiteの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます