風紀委員の風間先輩は私にだけ厳しい

@mizu888

風紀委員の風間先輩は私にだけ厳しい

「田村さん!」


案の定呼び止められた。

振り返れば声の主は、やっぱり風紀委員の風間先輩だった。

もう何日目だろう、こうやって登校するたびに呼び止められるのは。

彼女の目は、狙いを定めたようにまっすぐ私だけに視線を送っている。


人ごみに混じって今日は見つからないで行けると思った。

諦めたように立ち止まって、彼女の方を向く。

私の前まで来た風間さんの手が首元に伸びてくる。

彼女の手は私のネクタイに触れて、シュルと慣れた手つきで外されてしまう。


「私にだけ厳しくありません?」


「田村さんのネクタイが曲がっているんだから、しかたがないでしょ」


私たちのやり取りを見る周りの目線を感じて、顔を上げると一様に自分たちの首元を押さえてネクタイを直す生徒達が見えた。

何で私だけ……他にもたくさんいるのに、何なら私より乱れている生徒なんてたくさんいるのに、目ざとく私のことを風間先輩は捕まえるのだ。


今日はちゃんとお姉ちゃんにもチェックしてもらったのに。


するすると解かれたネクタイを風間先輩が結び直していく。

もういっそネクタイなど着けてこないで、毎朝結んでもらったらいいんじゃないかとさえ思う。


「はい。いいわよ」


「これで満足ですか?」


不貞腐れたように言う私のことなんてお構いなし。


「ええ、満足よ」


風間先輩は私に満面の笑みを向けて踵を返す。

そうやって私にしか見せないんじゃないかと思うような笑顔を、毎朝みせるから、どう考えても不公平な先輩のことを嫌いになれない。


それどころか……


変だ、不公平なはずなのに、こうしてかまってもらえてうれしいと思う気持ちが芽生えてきている。



「風間先輩、私の服装大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫よ」


「先輩、私もネクタイ直してください」

「しかたないわね…」


「風間先輩今日も素敵です」

「はいはい…」


風間先輩の周りに入れ替わり立ち替わり生徒がやってきている。

尖りそうになる唇を引っ込めて、教室に向かう。


「本当になんで私のことなんて毎朝注意するんだろう。先輩のばか……」


一人呟いて廊下をドシドシと進んだ。


廊下の壁に備え付けてある鏡で先輩に結んでもらったネクタイを見る。

見ても何が変わったのかわからない。ただ確かに私が結ぶより形が整っていてきれいな気がする。ネクタイに触れるように胸に手を置くと、なぜだかわからない胸の痛みが和らいだ。


毎朝ネクタイを直されるせいで、ずっと首元に先輩の手が触れる感触があって、ふとした瞬間にネクタイに触れている。それは見つかったらまた注意されるから、崩さないようにという意識してるせいだ。そう思ってきたのに、なんだか違うような気が最近になってきている。


放課後になって、日直の仕事をこなす。

あとは、日誌を書き終わったら先生に提出して終わりだ。そう思っていると、教室を出ようとしたクラスメイトが振り返って、私を呼ぶ。


「田村さん!職員室行くよね、ごめんなんだけど、掃除の時間にボロボロになった雑巾処分したから先生の所で2枚もらっといて。お願い」


そう言って、手を合わせるクラスメイトを断ることなんてできるはずがない。


「わかった」


笑顔で答えた。

日誌を出したらそのまま帰ろうと思ったけれど、雑巾を持ってもう一度教室に帰るしかない。

しかも職員室で、先生につかまって、最近田村勉強頑張ってるななんて話始めるもんだから少し時間を食った。


今日は朝意外先輩に会わなかったな……なんて、考えてしまう。

そんな教室に帰る途中、渡り廊下を歩いていると、声が聞こえた。


「先輩つき合ってください!」


分かりやすく、後輩の告白を受ける先輩という場面に遭遇したみたいだ。

声は聞こえたが、告白しているのはここからは死角で見えない。教室棟の裏側っぽい。

好奇心で、身を屈めながら近づく。陰に隠れてこっそり覗こうと思った。他人の一大イベントに楽しくなって、口角が上がっていた。


覗いてよく見ると、その1人がよく知っている相手だったから上がった口角はゆっくりと下がった。


風間先輩だ……


それは風間先輩が告白されている場面だった。


告白している、もう一人も知っている。河合香恋ちゃん。可愛いってみんなが言ってる、私と同学年の女の子。


風間先輩は、女子にも男子にも人気者だから……

女子にだって告白されるよね。

……香恋ちゃん、可愛い。たぶん学年一って言ってもいいんじゃないかなと、私も思うくらい。そんなことを考えていると、


「見えてるわよ、出てきなさい」


風間先輩にそう言われて、ドキリとした。

えっ…、わたしバレてる!

こんな場面で、出てきなさいなんて、盗み見た私が悪いんだけど…気まずい。


「すみませんでした!」


もの陰から立ち上がって、胸に2枚のぞうきんを握り締めてそう言うと、深々と謝った。


それからは、勢いだった。


「香恋ちゃん、横やりでごめん、だけど風間先輩と付き合っちゃイヤだ」


「「えっ?」」


風間先輩と河合さんが同時に、声を上げた。


「田村さん、あなたもしかして……そうなの」


風間先輩が、悲しそうな顔をしてそう言った。そんな悲しそうな顔をするなんて、同情してくれてるんだ。


「……はい、そうです。だから、お願いです!つき合わないでください」


先輩が告白される場面なんか見てしまったから、私は風間先輩が好きだってことに気付いてしまった。

河合さんに向かって、平身低頭お願いをする。


「えっと、なになに?」


河合さんは、突然のことに狼狽えている。

そりゃそうだ、こんなヤツにそんなこと言われて、そうなるに決まっている。

もちろんこんなことしたって、河合さんを選ぶってわかってるけれど――



「……河合さんのことが好きなのね」


「「えっ?」」


先輩が言った言葉に、今度は私と河合さんの声が重なった。そんなことはお構いなしに先輩は続ける。


「河合さん、前にも言った通り、あなたとつき合うことはないわ」


目の前で、河合さんは振られてしまった。しかも告白は初めてじゃなかったと知って口を開けたまま呆然とした。

河合さんみたいに可愛い子を振ってしまうんですか、先輩のハードル高すぎるって。


「田村さん、どうぞ。告白の続きしてくれていいわよ。私はもう行くから……」


そう言って本当に行ってしまおうとする。

待って、待って、待って……私、河合さんに告白する流れになってるの?


「ちょっと、待ってください!風間先輩!」


そう言って、腕を引いて引き止める。


「なに?離して!」


先輩の目に涙が浮かんでいる。どうして?

胸に手を置いて考える。先輩に結ばれたネクタイがなんだか温かい気がした。

だから、おもいっきり叫んだ。



「風間先輩!私の告白も聞いてください!」


「「えっ?」」


風間先輩と河合さんの声が重なる。


「風間先輩!これからも毎朝私のネクタイ直してください!」


「……は?」


直角にお辞儀をしてこくはくした私は、顔だけ持ち上げて様子を窺う。先輩の涙は引いて、少し冷めた目線で射られている。ウッ…その目線から顔を逸らしながら体を起こして一歩下がった。


「だから…ちょっと、まだ…今先輩のこと好きって気付いたばっかりなんです。付き合ってなんて、告白とかできないから……振るなら、もっと先輩が私のこと知ってくれて、私がちゃんと告白出来てからで……」


「……何よそれ」


……振らないわよって小さく言った先輩の声は、この時の私には聞こえなかった。

置き去りにされたはずの河合さんはなぜか喜んでいるし、先輩の顔は少し赤らんでいる。


「いつでも、直してあげるから、逃げないで毎日私の所に来なさい」


よかった、明日からも私の胸には先輩の結んだネクタイがいてくれる。

私は、先輩に負けないくらい満面の笑みを返した。


「ところでなんでずっと雑巾持ってるの?」


「いやこれは……」

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