エピローグ 論理と夜の間で

 スカーズフィールド館の焼け落ちた跡地には、数人の警官と作業員が立ち入り禁止の柵を設けていた。

 調査報告書には、「老朽化による地下構造の崩落」「不審火の可能性あり」とだけ記されていた。


 だが、真相を知る者はわずかだった。



 ベイカー街221B。

 いつもの朝と変わらぬ陽光が窓辺のカーテンを照らすなか、ホームズは書斎の椅子に座ってヴァイオリンを弾いていた。


 その旋律は、どこか悲しげで、それでいて静謐だった。


 ワトソンが温かい紅茶を差し出しながら言った。


 「ルーシー嬢の婚約者、エドワードは……結局、戻ってこなかったな」


 「彼は、選んだのさ。自らの意思で夜を受け入れた。戻るべき場所もなければ、戻りたいという願いもなかったのだろう」


 「だとしても……あの館の記憶は、ロンドンから永遠に消えてしまうのか?」


 ホームズはヴァイオリンを弾く手を止め、紅茶を一口すすった。


 「記憶とは、残すべき者がいなければ、自然と消えていく。それがこの街の“慣れ”というものだ」


 ワトソンが苦笑する。


 「皮肉なものだな。これほど恐ろしい夜を過ごしても、明日には新聞ひとつ騒がぬ」


 「だからこそ、君が書くべきだ、ワトソン。あの夜のことを。名探偵とその相棒が、ロンドンの影と対峙した記録として」


 ワトソンは紅茶を置き、ペンを手に取った。


 「……題は決めている。“霧の館のドラキュラ”。どうだろう?」


 ホームズは微笑んだ。


 「悪くない」


 そして、こう付け加えた。


 「だが……次はもっと手強いぞ。夜は終わったが、怪異はまだ眠っている」

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シャーロック・ホームズの怪異録 I:霧の館のドラキュラ S.HAYA @spawnhaya

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