第22話 ごめんなさい

あぁ。これで終わりや。夢とか人のこととか、もう何も考えんでええ。ごめんみんな。私本当は早う遠くへ行ってしまいたかった。私は自分の身を危険にさらすことを正義とか言い聞かせて危ない橋ばかり渡って、そのままふっと身体が軽くなるのを待っとったんや。未だに共感なんて欲しくないん。私は一人でええ。ごめんなお母ちゃん。寂しい思いさせて。


未央の手から落ちた貝殻を拾い、握りしめる。ごめん、ごめん、ごめん。


ごめんなさい。


『ざばぁ、ざぱぁ。』


激しい波の音が岩を削る勢いで襲い掛かってくる。くじいてしまった足では簡単にすくわれてしまって、もうまともに立っていることすらできない。

怖い。怖いな。あぁ、こんな状況になっても、一度くらいは恋愛っていうのしてみたかったな。小絵、圭介、あんたらが羨ましいわ。


『ざぱぁっ!きゅおぉぉぉおぉおおぉお』


波が目前に迫った時だった。遠くで甲高く重たい音が曇天を貫き、その彼方へと飛んで行った。


(鯨……?)


次の瞬間、身体は波の冷たさを一身に受け、心臓は呼吸の仕方を忘れてしまった。


「ぅあ、ぷぁあ。あ……、……ごぽ……」





「は!?」


ちゅんちゅんという鳥のさえずりが窓の向こうに聞こえ、寝室代わりの和室には朝の光が差し込んでいる。



- 再び現代 井戸子が地元に帰ってきた翌日


「はぁ……はぁ……」


(そうだった。私あの時圭介たちを避難させて自分だけ波の中に、自分から……こうなることを望んでたんだ。ごめんみんな。私なんかが心配かけて。)


その時ふと、遠くからする声があった。


「なぁ、井戸子お姉ちゃん本当におるん?」


「おるよ。昨日いきなり帰ってきて、ワシもびっくりしたんやき」


「嘘やったら加減せぇへんからな、圭介」


「嘘なんかつかんやろワシ」


複数の足音と声は井戸子の居る寝室のふすまの前で止まった。


「井戸ちゃんおはよう。入るで」


おじいさんになった圭介の声が聞こえ、ふすまがゆっくりと開かれる。


「あ、待っ……」


『カタ……』


ふすまが開ききった。





「井戸子お姉ちゃんおらんやん……」


「井戸子……。圭介最近おかしいで、失礼かもしれへんけど奥さん亡くなってからボケてきてるんちゃうん?私怒り通り越して心配や」


「嘘やろ……?だって昨日確かに」


「まって二人とも」


未央が二人に割って部屋に入ると、敷布団の上にある何かを拾いあげた。


「これ、四十年前のあの日私が井戸子お姉ちゃんに渡そうとしてた貝殻や。圭介おじちゃんが私のこと公民館に連れてってくれる時に何処かの拍子で落としてしまったと思ってた。井戸子お姉ちゃん拾ってくれてたんやね……」


未央の目から涙が溢れる。それが伝う頬はあのころと比べて随分年を取っているが、井戸子お姉ちゃんという呼び方だけは変わっていなかった。


「……まぁ最後に圭介に会いに来てくれたんやろ。今日は井戸子の誕生日やし。……ごめんな圭介信じやんくて」


「いやワシもどうかしとったわ。井戸ちゃんが帰ってくるはずなんてないのに。ごめんな二人とも変な期待させてしもうて」


「ううん。貝殻、井戸子お姉ちゃんが持っていってくれてたって分かっただけで嬉しいわ。さ、そんな怖い顔しぃひんとお祭りの準備するで。そこでちゃんと井戸子お姉ちゃんに感謝伝えるんよ」


それから三人は井戸子の居たはずの寝室をあとにした。

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