第23話 前夜
8月30日。
「みんなおはよう、今年も井戸ちゃんの生誕祭やるで」
境内に集まった人々にメガホンを持った圭介が話しかける。
「伝えんといけんことはまぁ昨日言った通りやな。水分補給と事故に気を付けるように。花火の搬入は終わってるから、各々屋台の展開をするように。終わった人から解散して今夜公民館に集合や。ワシが66やから井戸ちゃん生きてたら今年で62歳か。小絵、ワシらもえらい年とったもんじゃなぁ」
「ほんまやね。私は早生まれやから来年で62やけど。」
小絵が人混みの中から返答する。
「もう無理や思うとった。小絵もワシも。井戸ちゃんのお母さんが一番。それでもこれだけ生きてこれた。これは井戸ちゃん……いや、井戸子が与えてくれた勇気や。みんなも事故や体調不良には気を付けて井戸子の分まで年取ってほしい」
「あと井戸ちゃんのお母さんな、とても歩ける状況じゃないから今は家に居るけど今夜の祭りには参加してくださるそうや。一緒に井戸子ちゃんの誕生日祝ってあげような」
「はーい」
子どもたちの声が上がる。
「よっしゃそれじゃあ、改めて祭りは今日の夜この場所で開催や。みんなで最高のものにするぞー!解散!」
圭介の声で町民たちはパラパラと解散していった。
*
二日前、都内の研究所にて。
『ピンポーン』
インターホンの音が研究所内に響き渡る。夕刻。エアコンは止まり、床の脇にかき集められたガラスの破片。机には過去の被検体のカルテが散乱していた。
「げっ誰もいないじゃん。何で開けっ放しなのよ、研究所のくせにセキュリティの概念ないわけ?」
朝比奈はカルロ達に幽霊の正体に関する情報を持ってきたのだった。
「研究室に無断で入るとは最近の記者はマナーがなってないな、あさひな……だったか?」
「カルロ……」
「意地悪して悪かったよ。何かわかったんだろ?急にメール寄越して」
「見たなら返してよ。私これじゃ不法侵入なんですけど」
「送ったよ。迷惑メールホルダーにでも登録してたんだろ」
「あっ……」
「お前そういうところ変わってないな」
「ま、まぁともかく、緊急よ」
そういうと朝比奈は自身のショルダーバッグからおもむろにファイルを取り出し、中の資料を机に散乱する資料の上から広げた。
「井戸子ちゃんはもうすぐ消える」
「なに?」
「あなたたちの資料を勝手に触ったことは謝るわ。でも私にもわかったことがある。過去の被験者の法則。幽霊になってから霊体として生活できるのはその人が無くなるときの年齢と享年齢を足した年数、または成仏する時まで。割り出せば井戸子ちゃんの霊体としての寿命はあと一年のはず。でも、私には井戸子ちゃんが見えていた。それもはっきりと、一緒に食事もしたしボーリングだってした。あれは私の知ってる幽霊じゃないわ」
「ハリス・プラントンもそうだった。周りの人間はショックを受けた遺族が見始めた幻覚だというが、井戸子を見た今俺にはそれがただの妄想には思えない。あれは半分生きている、そんな気がしたんだ。いやそうにちがいない」
「ハリス・プラントン、イアン・プラントンの息子さんね。外の世界に興味を持たないあなたたちは調べてなかったかもしれないけれど、私はとある古書にも似たような記述を見つけた。『幽霊の正体について』その本には大昔にあなたたちと同じような研究をしていたという内容が書かれていたの。ただのオカルト誌といえばそうかもしれない。井戸子ちゃんに会ってなければ私も古書の内容をただのオカルトで片づけていたでしょうね」
「お前どこまで……」
「そうね、幽霊の正体が”電気”であるというところまでかしら。念じゃなくてね」
「根に持ってるのか?」
「もちろん。だからここに来たの。井戸子ちゃんを救ってあなたたちに本当の論文を世界に発信させる。”幽霊の正体は電気である。猫がそうであるように”」
「猫は液体だろ?」
「そうかしら?でも”本当は存在する”ことに違いはないでしょ?」
本当は存在することに。
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