第18話 嵐の夜

『ゴロゴロ……ゴロゴロゴロ』


遠くで重たい音がする。


「井戸子、あれ……」


「雨雲……?」


「ちょっと変やよ。麓のところ、雷降っとる」


遠くに見える真っ黒い雲は海との間に雷をゴロゴロと光らせながらこちらに迫ってきているようだった。


「小絵、嵐や。圭介が言っとった。急いで戻らんと」


「どうしよう、私傘持ってない」


「私も。ここからじゃあ家着く前には土砂降りになってまう。公民館向かうで。あそこならもし豪雨になっても凌げる」


「わかった」


二人は重い自転車を押しながら坂の上にある公民館へと向かった。





港には二人が出発してからすぐに警報が出ていた。公民館の玄関にはあらかじめ避難してきた人たち、警報を聞いてからきた人たちが並び、既に建物内に多くの人が見えた。


「はぁはぁ……何とか間に合ったね」


「井戸子……速いわ……はぁ、はぁ……ちょっとは休憩しながら……」


小絵が息を整えながら言う。次の瞬間だった。


『チカッ、、、ドーン!!!』


背後が光ったかと思うと遅れて大きな音が建物を震わせた。それからまた徐々に雨の音が大きくなっていく。

今のは近かったぞ……、おい、どうするんや……父ちゃん無事かのぅ……。そんな声が雨音とともに湧き上がる。


「い、井戸子……どうしよう私腰抜けたかもしれん」


小絵はその場にゆっくりとへたり込み小さく震えていた。


「大丈夫や、ここまでくれば。私たちは間に合うたんや。ほら、おんぶ」


「……お、お前ら大丈夫やったか」


井戸子が小絵の目の前に腰をかがめ背を差し出していると圭介の声が聞こえて振り返る。圭介はボランティアのライフジャケットを着ていた。見るからに避難民の先導を請け負っているのだろう。


「おっちゃ…圭介、小絵が腰抜かしてしまって……」


「井戸子。余計なお世話やて。自分で立てるよ」


小絵はそういうと近くに合った靴箱に手をかけゆっくりと腰を上げた。


「そ、そんならええんや」


圭介が差し伸ばしかけていた手を収める。


「ええわけないやろ。圭介も見たらわかるやろ?」


「……」


「やめてよ井戸子。何よそんないきり立って。自分で行けるて」


「ごめん。そんなつもりじゃ……出しゃばり過ぎた」


井戸子も二人を繋ぎ止めようと差し出していた手を収めた。


「私も、ごめん。とりあえず行こ」


「……うん」


小絵と井戸子はそういうと玄関を抜け、港の人々が避難する階へと向かった。


このまま小絵と圭介が仲直りしなかったらきっと安心して遠くへ行けない。もし私が今死んでしまったらきっと未練たらたらな地縛霊にでもなってしまうんだろうなと、井戸子はそんなことを考えていた。


(正義感は余計なお世話、か……)

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