第19話 正義

大丈夫だった?……無事でよかった……まだ帰ってないん?……ぎょうさん降っとったろう……。避難所は既に多くの人が利用していた。家族との再会を喜ぶ者、外の様子を伺う者、誰かの帰りを待っている者。ざわめきが途絶えることはない。大雨事態は予報にあったにしろ、急に嵐が来たのだ。今は皆状況を整理するのに精いっぱいだろう。


「小絵、母さんおるで。あれ、家族やろ?行ってき」


「……うん、ありがとう。井戸子も早く家族見つけてね。それと、さっきはごめん」


「ううん、気にしてへんから」


小絵が人々の輪の中に消えていくのを見送り、再び来た道を戻る。私にも何かできることがあれば、井戸子はそう思っていたのだ。


”一人で突っ走って、正義感が何になるん?もっと気を付けて歩きぃや”。子どもの頃、小絵によく𠮟られた。強い人が好きだという小絵の親友として井戸子は自分が強くないといけないと思っていたから、いつ何時も自分が正しいことをしていたつもりだった。公園から出ていったボールは率先して取りに行ったし、男子との喧嘩は割り入って仲裁した。海に流されかけた髪飾りを取ってあげたのも井戸子だった。しかし、その度に危険な目に逢う井戸子を小絵はよく思っていなかった。当然だろう。親友が危ない橋を渡っているのだからそれを見て生きた心地がしないのは立場が逆でも同じはずだ。しかし井戸子自身は気づいていなかった。誰かの為に発揮できる底力はいつかブレーキを壊して飛びぬけていってしまうこと。小絵はそれが分かっていたから、ずっと心配していたのだった。


数日前に言われた“遠くに行かんといてよ”という言葉が井戸子の胸の奥でずっと蠢いて収まらなかった。





公民館の玄関にあるガラスを叩く雨の音が嫌に心地いい。胸の奥で蠢く言葉が聞こえづらくなるから、それがよかった。今外に出れば一瞬でびしょ濡れになってしまうだろう。それから周りの大人たちにすぐ連れ戻されるはずだ。


「井戸子、何しとる。小絵といったんじゃないんか?」


再び圭介に話しかけられる。


「うん。でも私にもなんか出来ひんかなって戻ってきたん。お母さんもまだ来てないみたいやし、しばらく私も手伝っていい?」


「お、おう、それは構わんけど。そやな……じゃあ避難してきた人の数カウントしてくれへんか?これ渡しとくから」


そういうと圭介から小さな何かを渡される。


「なんこれ」


「ワシも名称は知らんけど、人の数とかカウントするやつや。ボタン押した分だけリボルバーが回って数字が増えていく」


「ありがとうやってみるわ」


「おう。数が十増えるごとに報告してくれ。公民館の部屋は狭いき、全員は収まらんのや。やから一定の人数誘導したら別の部屋に誘導先を変えていく」


「わかった。任せとき」


井戸子は玄関のガラス戸の傍に張り付き人数を数え始めた。

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