日記 1989年10月21日 ███・████

燈栄二

日記 1989年10月21日 ███・████

1989年10月21日について


 誕生日、レニングラードに帰った私は、まさに運命の出会いをしたと言っても過言ではないと思っている。忘れられない人を見た。


本格的な冬の近づく通りを、アルコール類を持って歩いていた時だった。曇天の空が支配する我が故郷。そこに、唯一太陽の、違う。月のように誰かの光を受けて輝く存在を見た。


特筆するべき点のある男には思えなかった。一般的な若い同志タヴァーリシだ。背も服装も髪色も、全てどこにでもいる男。


道の反対側から近づいてきた彼と私は比較的すぐすれ違う。


こんにちはズドラーストヴィチェ、同志」


いつも通り。同じ街に暮らす同志と挨拶を交わす。本当は一人一人を呼び止めて、我が忠誠、命を捧げる覚悟をした愛する祖国について議論を交わしたい。だが、あの新しい████████。


そのまま違和感を抱えて通り過ぎようと思っていたが、出来なかった。私の背中で、男が振り返ったのが分かったから。しかも立ち止まってだ。


私を監視している存在? 有り得ない。████████████。それとも、若者の顔をして白髪の私が、そんなに奇妙だったのか。


もとかく油断は禁物。そう判断し、立ち止まって彼を見る。どこにでもいる男だと思っていた青年は、こうして見ると変わった目の色をしていた。革命の色、とでも記しておこう。


血で薄い赤に染まった私の目とは異なり、この赤はどこか神秘的で、美しかった。この色に、私は魅入られたのかもしれない。或いは、若い顔に似合わない、思慮深さにか?


「何か……御用ですか?」


空の色はどんどん灰色に染っていく。早く帰らねば、雪になるだろう。なんて、考え始めていた頃だった。


男は首を横に振ると、こんにちは、とだけ微笑みかけた。ああ、全て分かった。


我が二十四年の人生、これほどの幸福があるとは。これより先の我が人生で、今日ほど嬉しき日は来ない。


私は、愛する我が国家に、愛されたように思えたのだ。あの革命の色を宿した目に、年齢に似合わない思慮深さ。


若き同志の顔をして、わが祖国は自らに尽くす同志を見ておられるのだ。そうに違いない。これは推測ではない、確信だ。


家に帰ってからこれを書いている今に至るまで、私は彼を忘れられていない。あれのためなら、私はこの命だってなげだせる。もし彼が私の手の届かないところで死ぬのなら、私も後を追おう。


あれはこの国に忠誠を誓う私に、国家が会いに来てくださったのだ。愛しています、私も心から。

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日記 1989年10月21日 ███・████ 燈栄二 @EIji_Tou

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