第2話 猫とは、可愛いの権化である。

「——どうぞ、適当に座っていただいて、気に入った猫ちゃんがいましたらお触りいただいて結構です。あ、ですが、猫ちゃんが嫌がるような行動は謹んで……それと手洗いと消毒も忘れずに」

「……」


 されるがまま、といった風に俺に店の中に連れてこられ、丸いクッションの椅子に座らされ、手洗って消毒液で消毒する猫夏。

 当然表情は一切変わっておらず何を考えているか分からないが……周りには困惑の空気を纏っていた。

 

 そんな彼女に、俺は変わらぬスマイルと共に話し掛ける。


「何かお飲みになりますか? 今回は全部俺の奢りですから、好きに頼んでもらって大丈夫ですよ。猫のおやつとかおもちゃとかも売ってますけど、どうします?」

「…………分から、ない。何を頼めば、いいか」


 ボーッとした顔で俺を見つめ、ふるふる首を横に振る。


 ふむふむ、猫カフェは初めてか。人生の9割を損しているな。


「じゃあとりあえず飲み物はラテアート付きのカフェラテで、猫ちゃん用のは無難に『猫じゃらし』と『ち◯ーる』で良いですか? 良いですよね、店長お願いします」

「僕、パシリじゃなくて店長だよ? まぁ良いんだけどね」


 ほんとごめんなさい、店長。


「あ、それと、この料金は俺の給料から天引きでお願いします」

「? まぁとりあえず分かったよ」


 何故ここまでするのか、と不思議そうな表情で奥に戻っていく店長を見送ったのち、猫夏に向き直る。


「今頼みましたので、少々お待ち下さい。それと、今日は店員が多いので、何かあるまで俺が手取り足取り教えて——」

「——なんで」

「え?」


 突然猫夏が俺のバイト服の袖をギュッと掴み、こっちを睨み付けてくる。

 先程までの眠たそうな、何処かを見ているようで何処も見ていない瞳は——確実に俺に向けられていた。



 ——敵愾心を以て。



「……何が、目的、なんですか? 私に、何がしたい、んですか?」


 眉間に皺を寄せ、ギュッと口元を噤み、俺から離した自らの震える手をもう片方の手で強く握っていた。

 見据えられた瞳には、不安、恐怖、警戒などなど……おおよそ良い感情は微塵も感じられない。口調もいつの間にか敬語になっていた。


 …………おぉ、大分嫌われてんなぁ……。


 ここまで嫌悪を向けられるのは久し振りだ。

 だが、向こうの言うことも、感じている気持ちも分からないこともない。

 

 ほぼほぼ知らん人間にいきなり店に連れてこられたのだ。怖がるのは当然……いやホント当然だわ。なんか目的あると思われて当然だわ。何やってんの俺。


 しかしながら、今回ばかりは俺の得意分野だ。



「——猫夏、猫ちゃんは好きか?」

「…………ぇ」



 突然のアホみたいな問い掛けに、猫夏が小さく困惑の極まった声を漏らす。が、そんなことは気にせずに続けた。


「良いか猫夏。猫ちゃんはな、まず見た目が可愛い。お顔も、耳も、足も身体も尻尾も癒やし成分しか存在してない。赤ちゃんなんか見てみろ、可愛すぎて目が潰れる」

「……な、何……」

「次に仕草が可愛い。欠伸も猫パンチも爪とぎも猫同士で戯れるのも、餌がほしいからって飼い主の足にスリスリしてくるのも可愛い。寧ろ猫ちゃんって生き物は何をやっても可愛いんだよ」

「……ちょ、ちょっと」

「それに猫ちゃんって小悪魔なんだ。仲良くなったと思ったら急に素っ気なくなったり、素っ気なかったと思ったら、急に甘えてきたりな。まぁそこが可愛いん——」

「——ま、待って……!! け、結局何が言いたい……!?」


 酷く動揺した様子の猫夏に、俺は自信を持って告げた。




「——俺は、猫夏に猫ちゃんを好きになってもらいたくてここに誘ったんだよ」




 あとずっとあそこに居られると困るのもちょっとある。と付け足して、気恥ずかしさを隠すように、丁度俺の足元に来ていた比較的小さな身体のトラ柄の猫ちゃん——『あずきち』の喉元を撫でる。


 ん〜、ここがいいの〜? そうかそうか〜、ほれほれ気持ちか〜? ……あ、あれれ? 嫌だった? 今日はご機嫌斜め? ご、ごめんね、お兄ちゃんが悪かったからどうかシャーだけは——ぎゃあああああああああっっ!?


 どうやらご機嫌斜めだったらしく、喉元を少し撫でたと同時に見事に『シャー』と威嚇をされて逃げられた俺は、心の中で絶叫する。泣きそう。


「うっ、うっ……ごめんねあずきちぃ……」

「…………何、それ。信じられ、ない」


 泣く泣くあずきちの背中を眺めていた俺を他所に、猫夏がボソッと呟いた。名前に似て猫みたいに警戒心が強いらしかった。


「じゃあ信じなくていいよ。俺が嫌なら退散するから、あとはマナーに気を付けて好きなように猫ちゃん達と戯れているといい。あ、でも、あずきちだけには触らない方がいいぞ。俺で威嚇なんだから、初対面の相手は引っかかれるかもしれん」


 きっと客に無理矢理やられたのだろう。普段は大人しいからね、あずきち。

 やっぱりもっと注意喚起した方がいいのか? 店長に相談してみるのもありか?


 俺はそんなことを考えながら立ち上がり、俯く猫夏に最後に言った。



「もし今回のお試しで猫ちゃんが好きなったら、また来るといい。——当店は、いつでもお客様をお待ちしております」



 さて、あずきちを怒らせたお客様を探しに行くとしますか。








「…………意味、分からない。本当に、それだけ……?」

「にゃー、にゃー」

「………………よ、よしよし」


—————————————————————————

 ☆とフォローお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る