第1話 猫カフェの外に美少女。

 ——俺は、働くのが嫌いではない。


 いや語弊があった。今やっているバ先——猫カフェが楽し過ぎて苦じゃないの間違いだった。他は嫌。なるべく楽して生きたい所存だ。

 つーかバ先の人達がみんな良い人で、猫ちゃん達も可愛くて、お客さんも人当たりの良い人が多い時点で最高の職場過ぎる。出来るなら正規雇用してほしい。


「この子は喉元を優しく撫でるように、こっちの子は腰トントンがオススメですよ」

「へぇー、そうなんですね。……あ、ホントだ。わぁ……可愛い……」

「見て見て、お腹見せてる! ガチ可愛い!」

「その子にはお腹をワシャワシャすると良いですよ」

「「キャーッ、可愛いーっ!!」」


 なんて二人組の女子大生に実演してみせながら説明をしていると。


「秋人君、ちょっと良いかな?」


 『猫といっしょ』というギリ著作権で訴えられそうな名前であり、俺のバイト先でもある猫カフェの店長——三上さんが唐突に話し掛けてくる。

 三上さんは優しげな面持ちの王子様系イケメンで、そんな彼が猫と戯れるとなれば視界が美術館の絵画ばりに様になっていた。女性客が多い所以でもある。


「どうかしたんですか、店長? 俺、何もしてませんよ」

「秋人君は何も悪くないんだ。ただ——」


 どこか言い難そうに口籠る店長に、先程まで接客していた女子大生達が明るい調子で言った。


「あ、もしかしてウチらが独占しすぎたとか? ありゃりゃ、ごめんね秋人君。色々手取り足取り教えてもらって」

「ほんとごめんね。お仕事忙しいのに」

「いえ、全然大丈夫ですよ。寧ろこんな美人な方々と猫をいっぺんに視界に収められて眼福でした」

 

 普段なら絶対しないような爽やか(自称)な営業スマイルをかました俺に、店長がジト目で見てくる。


 ……なんでだよ、ジト目で俺よりイケメンなのやめろよ。俺の誇れる所なんか両親譲りの美形顔しかないのに。


「秋人君、幾ら美人さんが相手だからってバイト中に口説くのはダメだよ」

「店長違うんです。いやホント違うんです。これは……あ、そう! この店にまたやって来てくれるようにするための投資なんです! スマイル1つで常連が増えるなら店長も嬉しいでしょう!? あ、ついでに店長もスマイルのおまけしてあげたらどうですか?」

「えぇ……」

「えっ、見たい見たい! ウチめっちゃ見たい! 見せてくれたらガチで一週間に一回は来る!」

「ですってよ。ほら、店長としてやることは1つなんじゃないですか?」

「はぁ……、全く」


 店長は俺の言葉に呆れた様子でため息を吐くも、あの優しい店長のことだ。



「——またウチの猫達に会いに来てね」



 そう言って、俺の百均スマイルとはレベルの違う超高級スマイルをかまして、女子大生のお姉さん方を煩殺していた。

 

 …………ママ、パパ、世界は広かったよ……。








「——ところで、結局俺になんの用だったんです?」


 女子大生のお客さんが帰ったのち、他の女性客も店長のスマイルをご所望したために時間を取ったが……ふぅ、やっと気になっていたことを聞けたぜ。


 因みにこの数十分でどんどん俺の顔への自信が薄らいだのは言うまでもない。もうコテンパン。早く学校に行って自信を補給したい。……クズいな、俺。


「ああ、実はね……」


 店長がなんとも言えない表情でスーッと目を滑らせる。

 俺もつられて、視線を店長の目の終着点に向ければ。



 ——ガラス張りの壁に引っ付いた美少女がいた。



 ワイシャツの襟元に赤っぽいリボンを付け、その上にブレザーを着込んだ黒っぽい藍色の髪の少女。

 身長は俺より頭1つ分くらい小さく、髪と同じ黒っぽい藍色の瞳は猫を見ているようでその実、何も見ていないように感じた。


「……な、なんなんですかあれ?」

「それが二十分前くらいからずっとあんな調子なのさ。僕が聞いてみても何も言わないし……」

「めちゃくちゃヤベェ奴じゃないですか」


 人に話し掛けられたのに無言って、社会人になったら生きていけないぞ。

 

「それで、俺がなんとかしろと?」

「違う違う。秋人君の友達なのかな、って聞こうと思って。ほら彼女、君の高校の制服だろう?」


 そう言われて再び視線を戻してみる。

 ふむ、確かにウチの学校の制服だ。でもあんな美少女いたか……いやいるわ。


 ——猫夏紬。


 名前に猫が付いているから覚えていたが……その美貌と誰とも話していない生粋のぼっ——孤高な姿がより彼女の知名度を上げていた。


 彼女は寝ぼけ眼のような瞳でジーッと店の中の猫たちを見ている……気がする。仮に猫を見ているなら真顔なんてあり得ない。だから気がするのだ。

 そんな彼女は壁ガラスにそっと手を添え、ピクリとも動くことなくただ見ていた。



 その姿が——俺は無性に気になった。



 それと——可愛い。俺も人間だ。ビジュの良い女の子が気にならないわけがない。


「……はぁ、仕方ないですね、ちょっと俺が見てきます。店長命令ですし」

「うん、お願いね。僕じゃあダメみたいだからさ」


 なんて苦笑する店長に同情しつつ、俺は店の入口に向けて足を進める。

 扉を開け、外に出て、彼女の横に立っても……彼女はピクリとも動かないので、仕方なしに話し掛けてみる。


「——猫夏、だよな? ……猫を見てんのか? いやー猫って可愛いよな、可愛いだろ? 猫夏も可愛いって思うだろ?」

「……誰? 馴れ馴れしい」

「そう思ってくれたなら良かった。店員はいつでも馴れ馴れしいんだよ。接客業だからな、相手に好かれるように、気分を害さないように努力しないといけないっつーわけよ」


 俺がそう肩を竦めて言えば、猫夏がゆっくりと緩慢な動きで顔をこちらに向ける。

 ただ、その寝ぼけ眼な瞳に、無表情な顔に、僅かな不快感が滲んでいた。


 あちゃー……ちょっと馴れ馴れしすぎだったか。


「ごめん、距離感ミスった。でもさ、この店の店員としては見過ごせないんだよ」

「……なんで? 私は、何も、してない」

「店の前で何十分も立たれたら十分迷惑だし。——そこで、だ」


 胡散臭そうに見つめてくる猫夏に、俺はドンッと自らの胸を叩き、本日2回目の爽やか(自称)な笑顔を浮かべた。




「——猫夏には、偉大な偉大なお客様になってもらおうか。安心しろ——金は俺の給料からの天引きだ!」




 そう告げる俺に、猫夏はポカンと呆けるのだった。


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 どうもあおぞらです。

 お久しぶりです。


 新作ラブコメの投稿です。

 甘々になります。


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