猫にマタタビ、猫夏さんに俺〜どうやら猫みたいな美少女に懐かれたらしい〜
あおぞら@『無限再生』9月13日頃発売!
第1章 猫みたいな美少女——猫夏さん
プロローグ 一ヶ月後の猫夏さん
——猫とは、気まぐれの権化だ。
自分が甘えたい時に甘え、飯が食いたい時に飼い主の足にスリスリ身体を寄せ、終わったら先程までの甘えん坊な一面はどこに行ったのかと思えるほどに素っ気なくなる。
ただ、あんな愛くるしい見た目の代償と考えれば仕方ないのかもしれない。——が、飼っていてより愛されていると感じるのは、間違いなく犬だろう。
しかしながら、俺は圧倒的猫派だ。
あの小悪魔な一面すら愛おしい。寧ろ翻弄されたい。
そして何より——圧倒的ビジュアル。ビジュアルが全てを超越しているがゆえに、奴に何されても許せる。
猫相手なら、俺は仏の百倍寛容になれるだろう。
——それは、人間にもある程度当て嵌まる。
「あき、あき」
「んー? なんだー?」
「ひざ、かして。そして、はぐ。ぷりーず」
「んー? おー」
あぁ、スコティッシュフォールドの赤ちゃんかわえぇ……。なんでこんな可愛い生き物が存在してるのに世界は戦争なんかしてんだよ。目ん玉潰れてんじゃねーの?
「……」
「おぉ、どうしたー?」
ツンツン二の腕をつつかれ、スマホに目を向けたまま生返事をする。
視線は向けられない。今はよちよち歩きの赤ちゃんを見るので手一杯なのだ。
なんて俺がおざなりな態度を取っていれば、声を掛けてきた主は——
「——しかたない。聞く気がないなら、かってにかりる」
俺——
同時に猫のリールで埋め尽くされていた視界に黒みがかった藍色の髪が乱入。膝にもそれなりの重量を感じるように。
こうなると、流石に反応せざるを得ない。
「……
「? ……! なるほど、あきは、私の顔がみたい、と。それならそう言って」
「全然違う。マジで1ミリも合ってないから、そんな探偵が閃いた時みたいな雰囲気醸し出すのやめような。あと、降りてくれ。スマホが見れない」
なんて俺が言おうとも、彼女——
すると当然、頭頂部しか見えてなかった視界に彼女の顔が映る。
パッと見は、儚げというか寝ぼけ眼が酷く印象的な童顔の美少女。
幸薄そうな顔立ちに、びっくりするほどに小さな顔。髪と同じ黒っぽい藍色の瞳は俺を見据え……ているのかは定かではないが、恐らくこちらを見ているはずだ。
恐らく初対面なら気が弱そうとか、無口そうとか思うだろう。俺だって始めは同じ印象を持っていた。
だが、俺は知っている。
——彼女が見た目に反して強かだということを。
「ん、やだ。離れてほしいなら、私にかまえ」
「それ結局スマホ見れねーじゃん……」
「私にかまってもらえる、スマホより幸せ。なぜなら、私は可愛いから」
ちょっと強か過ぎやしないですか?
なんて『むふー』とドヤ顔で断言する紬の姿に軽く引く……ということはなく、実際に紬は可愛いので、スマホを見ているより幸せなのは確かな故に否定しない。
だから当然、癒しを邪魔されても鬱陶しいとか、ウザいとか思わない。だって圧倒的に可愛いから。
しかしながら、それとは別に、看過できない問題がある。
「紬、頼むからそういうのはせめて学校以外でしてくれ。学校じゃあ、あと数時間は対処できないんだからな。数時間悶々とする俺の気持ちにもなってみろ」
「んにゃっ!?」
シュバッと俊敏な身のこなしで俺から離れる紬。警戒する顔が朱い。一体何を想像したのか非常に気になるが……これだけは言っておこう。
「良いか紬? 別に紬が対象とかそんなんじゃなくて、これは思春期男子の抗いがたい生理現象なんだ。それに安心しろ——俺は同級生ではなく、画面越しのお姉さんにお世話になっている!」
「…………」
おっと、完全にドン引きされていますね。視線が痛いです。
まぁでも、彼女ももう二年もしない内に成人なのだ。しっかり男というものを知ってもらわなければならない。悪い男に引っ掛からないためにも。
少女漫画やアニメなどの純粋な恋愛に夢を見るのも結構だが、ノンフィクションに生きる者として、性欲のない恋愛など存在しないのも理解してもらわねば困る。
少なくとも男にとって、性欲と恋愛は切っても切り離せない問題だ。
まぁ、俺達は恋人でもなんでもないのだが。
「分かったら、学校で膝の上に乗るのはやめるんだぞ」
「なら——」
「もちろんハグも禁止だ」
「なんだ……と……!?」
彼女に先んじて釘を刺せば、紬が愕然とした表情で膝から崩れ落ちる。喪失感の伴った紬の顔は、まるでご褒美をお預けされたかの如き表情だった。
いやどんだけ楽しみにしてたんだよ。逆に怖いよ。まぁされる側としては全然嫌じゃない……寧ろ学校以外なら幾らでもしてほしいけども。
なんて考えている俺を他所に、随分と長かった沈黙の末、紬が不服さを隠すことなくボソッと言った。
「………………しかたない、待つ。今日は、ひま?」
「猫カフェでバイト」
「…………」
「おいなんだよその手——いてっ!? ちょっ、叩かないで!? 仕方ないじゃん、シフトは先月に決まってんだから!」
ぷくーっと頬を膨らませて頭をぺしぺし叩いてくる紬。
これはマズい。このままだと不機嫌モードに移行してしまいそうだ。
よって、早めに対処するに限る。
「……ちょっとだけな。ほんと、これって結構苦しいんだからね」
俺がそう言ってスマホを置けば、パァァッと瞳に光を灯した紬が俺の太ももに乗ってくる。
向き合い、ぴったりと身体をくっつけ、俺の背中に手を回して。
……ふむ、やはりムラムラしてしまうという点以外悪くない。寧ろ非常に気分がいい。
「ふっ、やっぱり。文句言って、嫌がってない」
「そりゃあな。なんてったって紬は可愛いし」
「ふふん、当然。…………あき、温かい。あきの匂い、落ち着く」
「そういう紬はいい匂いだな」
「ちょっと、キモい」
「男は基本キモい生き物だよ」
——これが、一ヶ月後の物語。
そしてこれから始まるのは、今日に至るまでの物語——。
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