第2話平民街②
「着いたよ。ここが俺んち」
途中買い物をしてから着いたジェロの家は、僕の想像を超えていた。そこは必要最低限、雨風を遮ることできるだけの家と呼ぶには憚られる場所であった。想像以上に平民の暮らしというのは過酷なのかもしれない。それより、気になることがあるのだが……。
「「「ジェロにいちゃん」」」
「みんなただいま!」
ジェロに質問しようとしたら、たくさんの子供達がジェロの帰りを待っていたようで家の中から飛び出てきた。先に質問しようとしたことは後にして目の前の疑問について答えてもらおう。
「ジェロ、君は何人で暮らしているんだい?」
「うん?ああ、全員で15人だよ」
15人でこんな狭い場所に生活しているのか。表情には出さず驚いていると、ジェロの側にいる子供達が僕の方を向き様子を伺っている。それに気づいたジェロは彼らに僕を紹介する。
「みんな、この人はアルさん。今日俺を助けてくれてお礼がしたいから家に招いたんだ」
「アルです。よろしくね」
「……うん」
悪い人ではないと判断してくれようで子供達が僕の方へと群がってきた。子供達は思い思いに僕に声を掛けてくる。あまり小さい子と接する機会がないから戸惑ってしまうが、こういう時は笑顔で大体乗り切れるはず。
「ほら、アルさん困ってるだろ。その辺にしとけ。それより今日はパーティーだぞ!」
ジェロが買ってきた食材を見せつけると、みんな驚いた顔をする。
「すごーい」
「この量どうしたの!?」
「アルさんのおかげだ。みんな感謝してなー」
子供達は視線を食材の方に向いていたが、ジェロの言葉でまたもや僕の方へ向き感謝の言葉を伝えてくる。
「どういたしまして。こんなにいるならもっと買ってきたらよかったね」
「いや充分だよ。それよりそろそろ家に入ろうか。まだ家の中にいる子もいるから紹介させてよ」
ジェロに促され、彼らの家に入る。家の中は意外にも綺麗だった。使用人もいないのだから物やゴミで乱雑していると思っていたのにちゃんと片付けられている。その次に家に残っていた子供達を見てみると、信じられない子供がいた。
「ジェロ、お帰りなさい」
家にいた子供は数人いたが、声をかけてきた彼女以外に目を向けることはできなかった。家の外から感じていた膨大な魔力。金髪と赤眼。そして圧倒的な存在感があった。……なぜこんな平民街に?
「おう、ユナ。今日はお客さんがいるんだ」
「え、珍しいね!あっあっ、どうしよう。お客さんなんて来たことないから。そうだ!お茶出しますね」
ユナと呼ばれた彼女は、自己紹介もなしにお茶の準備をしにいってしまう。
「はははっ。慌てすぎ!」「あ、ユナ姉転んだ!」
「なぁレオ。ユナの奴、今日は大丈夫なのか?」
「うん。ユナ姉、今日は調子良いって言ってた」
ジェロが彼女の心配をするような会話をしている。
「ジェロ、彼女は?」
「あいつはユナ。ちょっと体が弱いんだ。よく寝たきりになっちゃう」
体が弱い?平民なんかよりずっと頑丈な魔力持ちが?
「良かったら僕が診てみようか?ジェロに使ったような回復魔法もあるから力になれるかもしれない」
「っ!良いのか?助かる」
魔力を持つのは貴族だけで平民が持っていることはない。しかも外見の特徴はある方達と同じで、間違いなく彼女は貴族出自だ。
共に住んでる彼らは気づかないのか。いや、そうか。平民は魔力なんか微塵も感じないし、貴族のことなんか何も知らないのだろう。
「どうぞ!粗茶ですが」
「ありがとう。初めまして、アルです」
「あ、すみません、自己紹介が遅れてしまいました。ユナです。ジェロ君がお世話になったみたいでありがとうございました」
ユナはぺこりと頭を下げてから顔を上げ僕を見るとピタリと身体を硬直させた。
「ん?どうしたんだユナ?」
僕は首を傾げ、ジェロはユナに声を掛ける。
「…私と同じで体にオーラが張り付いてるような?あ、ごめんなさい。意味わかんないですよね」
ユナは慌てたように取り繕おうと別の話をしようとする。これまで彼女以外に見えていなかったものだったのだろう。
「ああ、魔力のことかな?」
「え、見えるんですか!?」
ユナが期待した目で僕のことを見てくる。彼女の言うことが分かっていると示すために魔力を操る。
「ほらこれ」
人差し指を立て、その上に魔力を集中させる。
「凄いです」
パチパチと拍手してくるユナ。君、見た目と違って随分人懐っこいな。
「俺にはお前らが何してんのか全然わかんないんだけど」
蚊帳の外となっていたジェロが間に入ってくる。
「あ、ごめんないジェロ君」
「いいよ。それよりユナの体調が崩す原因とかアルさんが診てくれるんだ。俺たちは料理の準備してるからその間にお願いしてもらっていいかな?」
「うん、任せて」
「ありがとうございます、アルさん」
ジェロは台所に向かい、早速ユナの診断に取り掛かる。彼女にいくつか質問して答えてもらい原因を探った。
「どう、ですか?」
「うん、なんとなく分かった。多分、魔力の貯めすぎだね」
色々答えてもらったが、ユナは魔力は見えているのに魔法を操ることができないらしい。魔力量の多い人が魔法を使わず、ずっと魔力を体内に蓄積していると身体がだるくなったりすると聞いたことがある。彼女は生まれてから一度も自覚して魔力を放出できず、体調不良になっていたんだろう。ずっと体調不良のままでないのは、無自覚に魔力を放出しているからか。
「魔法を覚えて、定期的に魔力を放出すれば体調不良になることはなくなると思う」
「そうなんですか!じゃあ、あの、魔法を教えてもらうことはできませんか?」
「うん、いいよ。じゃあ簡単なやつを教えよう」
それから料理ができるまでユナに魔法を教えてみたが、少しも発動させることができなかった。
「すみません、わざわざ教えてもらったのに全然できなくて…」
出来上がった料理をみんなで囲み食べていると、隣に座ったユナが謝ってきた。
「ううん。まだ少ししか挑戦してないんだし、もっと練習すれば出来るようになるよ」
とはいえ、まさかここまで魔法を扱えないなんて予想外だ。魔力量が多いことから、魔法を発動するだけなら直ぐできると思ったのだが……。
「そうそう。ユナ、もうちょい時間はあるんだし、まだ諦めずに頑張ろうぜ!」
ユナの落ち込む様子にジェロも空かさず元気づけようとする。
「そうだね。ごめんなさい、アルさん。せっかくのご馳走の時に暗くなるようなこと言っちゃって。後でまた教えてもらえますか?」
「勿論。まだ時間はあるし付き合うよ」
正直、今日だけでは魔法を発動することさえ出来ないと思うがやれるだけやろう。
「はい!ありがとうございます」
「なぁ、アルさん。もし良かったら今日は泊まっていかないか?」
「ごめん。僕、実は無断で外に出てるから今日中には帰らないといけないんだ」
「そっかぁ。じゃあ無理言っちゃ駄目だな」
残念そうにするジェロの頭を撫でる。
みんなの食事が終わったのを確認してからユナに言う。
「ご馳走さま、美味しかったよ。じゃあ特訓を再開しようか」
ユナは素直に頷き、ジェロたちに食事の片付けをお願いしてから立ち上がった。
「うぅ。まったくできない…」
特訓を再開してから数時間。日が暮れてから大分経ち、僕の帰る時間が迫ってきた。もう諦めるしかないと思う。
「ごめん、僕の力不足だ。今日だけじゃ無理そうだ」
「…………はい」
項垂れるユナ。……仕方ない。これはあまりやりたくなかったけど、そうも言って
られないな。
「今回は僕の魔法でユナの魔力を吸い取ることにしよう。一時凌ぎだけどやらないよりマシだと思う。いいかな?」
「え!そんな魔法があるんですか?」
「うん。覚えている人は少ないけどね」
相手に触れる必要があること、対象に抵抗されると魔力を吸い取ることができな
いなど使い勝手が悪く、ほとんどの人は覚えようとしない。
「では、お願いします」
「任せて」
ユナの肩に触れ、魔法を発動する。
「んっ……あっ…….あぁっ」
なんだろう。何というか子どもが出していい声じゃない。早く終わらせるために一気に魔力を吸い上げる。ユナは声が漏れるの嫌がったのか口元を手で抑えているがそれでも漏れてしまっている。
「はい、終わり。お疲れ様」
「はぁ、はぁ……」
ユナは頰を赤く染め、潤んだ目で僕を見てくる。ただ魔力を吸い取っただけなのにイケないことをしたかのように錯覚してしまう。
「これで、今までより体調を崩す時期を遅らせることが出来たよ」
「……ありがとうございます」
「だ、大丈夫かユナ?」
遠くでこちらの様子を見ていたジェロが顔を赤くしながらやってきた。
「平気だよ。それより、前より体が軽いかも…」
ユナとジェロが話しているのを余所に僕は部屋から外を見る。もう大分遅い時間だ。ユナとジェロ以外みんな寝てしまっている。僕は小声で2人に言う。
「それじゃあ、そろそろ帰るよ。楽しかった、ありがとう」
「え!…そっか。もう夜も遅いもんな」
「アルさん。また、来てくれますか?」
寂しそうにする2人の頭を撫でながら微笑む。
「大丈夫。ユナが体調を崩す前には必ず来るよ」
別れの挨拶を交わし、僕はジェロたちの家を出て貴族街に帰った。
その道中、僕は色々考えた。ユナのことはまだ誰かに報告するのはやめておこう。面倒だし。これまで貴族に見つからなかったのだからまだ大丈夫だろう。
あと彼らと僕はまた会う約束してしまったのだ。貴族が平民街を1人で出歩くなんて許されないのだけど、約束してしまったのだから仕方ない。今度はいつ抜け出そうかな。
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