第1話平民街①


もうすぐ日が暮れる時間帯に僕は初めて貴族街から抜け出して平民が住んでいる地区へと訪れた。

平民と同じような格好をして目立たぬようにしたし、普段は持たない小銭も用意した。準備万端。どこから見ても僕は平民にしか見えないだろう。

平民街は落ち着いた雰囲気の貴族街とは違い子供たちが走り回っていたり、屋台が出ていたりと賑わいに溢れており嫌いではない雰囲気だ。物珍しげにしていたからか屋台を出している人から声をかけられた。


「どうだい、一本」


串焼きを差し出してくれたので受け取り食べてみる。大雑把な味だが偶になら悪くない味だ。店の人にもう一本もらい、食べながら目的もなく歩き続ける。

串焼きを食べ終えてからも、適当に歩いているといつの間にか人通りが少なくないところに辿り着いていた。こっちには面白そうなものはなさそう。


「わっ」


引き返すために後ろを振り返ると人とぶつかる。僕とぶつかったのは10歳くらいの男の子だった。


「ごめんね、怪我はない?」


尻餅をついてしまった男の子に謝り、手を差し伸べる。


「うん。大丈夫だよ」


僕の手を取りながら、男の子は笑って許してくれた。


「じゃあな!にいちゃん」


男の子は起き上がると手を振りながら走って去っていった。僕も手を振って別れを言おうとしたが、ポケットに違和感を覚え探ると財布を盗られていた。……あの男の子が盗ったのか。はした金だし盗られても良かったのだが……追いかけてみるのを面白そうだな。捕まえたらあの子はどんな反応をするのだろう。せっかく平民街に来たんだ。やっぱり多少のトラブルがあったほうがいい思い出になるよね。

僕は男の子を追いかけた。




********



「へへ、こんなにあるなんてな。今日はツいてるぜ」


いいとこの坊ちゃんから盗んできた財布の中身を見て少年は満面の笑みを浮かべる。少年の名はジェロ。両親はおらず頼れる大人もいないジェロは、似た境遇の子供達と生きてきた。今一緒に暮らしている子供たちの中で年長組のジェロはみんなの為に食べ物を調達してこなくてはいけない。今日の成果をみんなに報告しに帰ろう、そう思い、走りだそうとしたが……。


「おい、ジェロ。いいもん持ってんじゃねぇか」

「痛い目あいたくなきゃこっちに寄越しな」

「………ちっ」


最悪なことにここら辺のゴロツキの中で1番最低な男の2人組に盗みを見られていたようだ。


「なんだその目は?早くしろよ」


ジェロがもっと小さかった頃、世話を焼いてくれていた年長者の少女をどこかへ売り飛ばし金にしたクソ野郎どもだ。ジェロが絶対に殺すと決めている男達である。ジェロは射殺すような目付きで2人組を睨み拒絶する。


「ふざけんなっ!これは俺のだ!お前らに1ペルも渡すもんか!」


2人組はジェロの言葉にイラつくことなく、ニヤニヤと笑いながら言う。


「いいのかぁ?また誰か売り飛ばしちゃおっかなぁ」

「ユナなんかいい頃合いじゃないか?きっと高くつくぜ」


2人組が発した言葉でジェロの視野は怒りで赤く染まった。


「ぶっ殺してやるっっ!!」



********


男の子を追いかけて見つけたと思ったら、柄の悪い2人組の男達に彼は痛めつけられていた。


「どうしよう」


見捨ててもいいし、助けてやってもいいのだが……。あの2人組相手にも何か悪さをしたのであれば自業自得なのだけど、あそこまでボコボコされては見てて気分が良くない。あっ、歯が折れた。……可哀想だし助けてあげよう。人差し指を2人組に向け、魔力弾を放つ。魔力弾が頭に命中した男達は気絶し、少年は男達がいきなり倒れてなにが起こったのか分からず固まっている。僕は助けてあげた少年に近づき声を掛けた。


「あっ、あんたは…」

「君、大丈夫かい?」


全身痣だらけになって痛そうだ。軽く回復魔法をかけてあげる。


「っ!?痛みがなくなった」


?ああ、回復魔法をかけてもらった事がないのか。少年は自身の身体を確認してから、思い出したかのように僕の方に目を向ける。


「なんで、俺を助けた?俺はあんたの財布盗ったのに…」

「ん?まぁ、そうだよね」


当然の疑問だ。本来なら僕も男達に混ざってタコ殴りにするようなことを彼はしたのだから。


「ただ可哀想に思ったから助けただけだよ」


あ、信じてなさそうな顔だ。でも本当のことだし、あれだけ痛めつけられたのだ、もう財布を取り戻す気にもなれない。なのでこれ以上彼の相手をする意味もない。


「じゃあ、そういうことで。バイバイ」

「まっ、待った!その、お礼がしたいからウチに来ないか!」


少年の言葉にその場を後にしようとした足を止める。


「大したおもてなしはできないけど、どうだ?見た感じあんたいいトコの坊ちゃんだろ。こんなとこにいたのはここら辺の暮らしに興味持ってたからじゃないか?」

「え」


確かに彼の言う通りだ。平民がどういった所に住んでいるのか興味がある。お礼がしたいって言ってるし断るのも悪いからね。


「うん。じゃあ遠慮なくお邪魔するよ」

「ああ!あ、俺の名前はジェロ。にいちゃんは?」

「僕は………アル。よろしく」

「アルさんか。分かった、じゃあ付いてきてくれ」


ジェロは案内しようとしたが一旦こっちを向き立ち止まり、僕に何か差し出してくる。


「これ。盗ってごめんなさい」


差し出してきたのは僕から盗った財布だった。


「いや、いいよ。僕にはもう必要ないからあげる」


ジェロの家にお邪魔し終えたら帰るし、もうどうでもいいモノだ。


「え、でも15万ペルもあるんだよ!?」

「いいよいいよ。どうせ使わないし」

「ほ、本当だな!?本当に貰っちゃうよ!」

「うん、どうぞ」


そんな確認しなくても気が変わることなんてないから安心してほしい。そんなお金じゃあ1日も暮らせないでしょうに。


「や、やったぁ!!これだけあれば3ヶ月は余裕で暮らしていける!」


……………………まじか。平民凄いな。

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