第6話 週末ヤバいって伝えなきゃ!

 翌朝。

 わたしは学習机の上にプニキュワ自由帳を広げた。

 昨日の反省を活かし、わたしは新たな作戦を立てたのだ。その名も、

【お友だち大さくせん】

 昨日までとは比べ物にならないほど、謙虚かつ殊勝な作戦を書き連ねていく。


 さくせん①:この前は、えらそうなこと言ってごめんなさい、とあやまる。

 さくせん②:あめちゃんのおれいを言う。

 さくせん③:おじちゃんがヤバいから、いっしょにさくせんを立てよう、とそうだんする。


(これなら完璧だ! 昨日までのわたしとは違うぞ!)


 健気な小学生を完璧に演じきり、友情をはぐくむ。これこそが、今のわたしにできる最善の策だ。


 わたしは今日こそ花子さんと接触するべく、一日中、機会をうかがっていた。


 しかし――。


 休み時間に旧校舎へ向かおうとすれば「わたしちゃん、一人でどこへ行くんですか? 危ないですよ」と、いつの間にか背後に叔父さんが立っている。


 お昼休みに、今度こそと席を立てば「おや、もう食べ終わったのですか? 牛乳のおかわりを持ってきたので、一緒に飲みましょう」と、どこからか現れて牛乳パックを差し出してくる。


(なにゆえ……なにゆえ叔父さんは、わたしの行く先に必ず現れるのかな……! 神出鬼没すぎるよ……!)


 叔父さんの完璧な監視網は、わたしをじわじわと追い詰めていった。


 そして放課後。

 わたしは結局、一度も旧校舎へ近づけないまま、昇降口で叔父さんと合流することになってしまった。


「さあ、帰りましょうか」

「うん……」


 諦めムードで頷いた、その時だった。


「──おや、わたしちゃん。肩にほこりがついていますよ」


 叔父さんが優しい手つきで、わたしの右肩にそっと触れた。

 わたしが「え?」と思う間もなく、その指が何かを素早くつまみ上げる。


 埃なんかじゃなかった。

 ぼんやりと光る、小さな青白い人魂ひとだま

 その顔には見覚えがある。昨日、物置で噂話をしていた、あの武士の霊だ。

 きっと、わたしに助けを求めようと、あるいは何かを警告しようと、必死の思いでついてきてくれたのだろう。


 目が合った。

 叔父さんの指に捕らわれた人魂が、必死の形相でかすれた声を発した。


「に、逃げるでござ──」


 パァン!!!!!!!


 まるで風船が割れたみたいに。

 魂の喪失を意味する、あまりにも無慈悲な音。

 それと共に、武士の霊は叔父さんの指の中で、跡形もなく消滅した。


 叔父さんは、何事もなかったかのように自分の指先をフッと吹くと、満面の笑みをわたしに向けた。


「どこか埃っぽいところにでも行ってましたか? 体に良くないですよ」

「あ……ぁ……あなや……」


 わたしはろくに声も出せず、完全に凍り付いていた。

 目の前で、霊魂が、握りつぶされた。この男に。笑顔のまま。


 叔父さんは、そんなわたしの様子を見て。


「おや、元気がありませんね。やはり埃っぽい場所にいたからでしょうか」


 何かを思いついたように、ポンと手を叩いた。


「埃っぽい場所は、良くない霊も集まりやすいですから。……あ、そうだ。僕、思いついちゃいました」


 世界で一番素晴らしいアイデアを思いついたとでも言うように、はち切れんばかりの笑みで、続ける。


「今度の週末、僕が学校中を隅から隅まで、綺麗に『お掃除』してあげます。そうすれば、もう安心ですね!」


(おそうじ……? しゅうまつ?)


 その言葉が、わたしの頭の中で何度も繰り返される。

 目の前で仲間候補を握りつぶした男が、その流れで、学校中の怪異の「大粛清」を決行する、と。

 死の宣告に他ならなかった。


「週末……というと?」


 詳しい決行日を聞いておかなくては。すぐに備える必要がある。


「おや、今日が金曜日でしたね──となると、大掃除は土曜日。明日ですね。あはは」


(あした!? 急すぎるよ!! このままじゃ花子さんも、昨日の怪異たちも、みんな……みんな、叔父さんに"お掃除"されちゃう……!)


 悠長な作戦を立てている暇はない。今すぐ、伝えなければ。


「あ、あの、叔父さん!」


 わたしは叔父さんの手を振りほどくと、必死の思いで叫んだ。


「急に思い出したよ! 友達に貸す約束の本、教室に忘れてきちゃった! 先に帰っててね!」


 叔父さんが「おや、わたしちゃん?」と何か言うよりも早く、わたしは踵を返していた。

 恐怖と焦りで心臓をバクバクさせながら、ひたすら走る。


 目指すは、旧校舎の女子トイレ。

 もう友達になれるかな、なんて悠長に考えている時間はない。


 ただ、伝えなきゃ。

 週末、この学校で。


 大掃除が始まるって。

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