終末へのカウントダウン!

第3話 ロリコン地蔵がきもい!

 翌朝。


「あとちょっとだけ、寝かせて……」

「もう、わたしちゃんは仕方ない子ですね。それなら僕は先に行きますが、気を付けて登校してくださいね」


 わたしはギリギリまで起きるのを粘り、叔父さんが先に学校へ向かうのを見届けた。

 正直学校を休みたい気分でもあったけど、それはそれで負けみたいで悔しい。

 結局わたしはいつものように登校し、途中のお地蔵さまの前に立っていた。


「いつも、お見守り、ありがとうございます」


 日課のようなものだった。両手をパンと合わせて、お辞儀をする。もちろん角度には気を付ける。昨日のようにランドセルの中身をぶちまけるわけにはいかない。

 すると、お地蔵さまが「ニコリ」とほほ笑んだ気がした。


「……?」

「……」


 今だから分かることがある。

 このお地蔵さま、何かヘン。


「…………あの」

「…………」


 毎日、お辞儀をする前と後で、表情が変わっている気がするのだ。


「……いつも、おみまもり、ありがとうござ──」


 お辞儀をするフリをして、すばやく顔をあげてみる。


「ニコリ」

「あなや!」


 ニコリって言ったぞ!


「やい、お地蔵! おまえ『視えて』いるな!?」

「……ホッホッホ。こんな可愛いお嬢ちゃんに見破られてしまうとは。なかなかどうして」


 お地蔵は薄目がちだった目をしっかり開いて、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた。

 神聖な雰囲気はどこへやら。わたしは本能的に、右手を防犯ブザーにかけていた。


「ホーホホ! 人を呼ぼうというのかね? ロリコンの地蔵がいます! とでも言うつもりかね?」

「くっ……」


 そんなの信じてもらえるわけがない。この時代の人々は心霊の類を信じていないのだ。

 だが、これはどうかな!


「叔父さんにいいつけます」

「ダメ!!!! それだけは許して!!!!」


 お地蔵は涙目になる。石でできているのに、表情がころころと変わる不思議なお地蔵だ。


「ワシ、こう見えて道祖神なのよ。かわいいお嬢ちゃんたちの登下校の安全を見守っているんだから」

「そう……」


 急にそれっぽいことを言われても、本人の口から「ロリコン」という言葉が飛び出した以上、何の説得力もなかった。


(しかし……使えそうだ!)


 叔父さんの目から逃れている心霊の存在。それはわたしにとっての好機である。利用しない手はない。


「では、お地蔵。そのかわいいわたしからの願いを聞いてくれ」

「むほっ……どんな願いかな?」


 わたしが喋るたびにニヤニヤの表情になるものだから、いちいち背筋がぞくりとして仕方がない。


「……わたしの、なかまになってほしい」

「なるなる!」


 こうして一人目の手駒、ロリコン地蔵がなかまになった。

 ……。


「それで、なにをすればいいんじゃ?」

「わたしは、もっとなかまを増やしたい。学校の怪異について詳しく知らないかな?」

「ふ~む……」


 お地蔵は少し考えると、話し始めた。


「この辺りで一番の古株で力を持つ怪異といえば、旧校舎の女子トイレに住み着いとる『花子』じゃな。気位の高い今どきのギャルじゃが、根は悪くない。ただ、縄張り意識が強いから、下手な近づき方をすると手洗い歓迎を受けることになるぞトイレだけになんつって」

「ギャル?」

「……そうじゃ。言葉遣いが少々独特でな、スマホが大好きなのじゃ。ワシもスマホほしいけど、あんまりコソコソ出来ないからなぁ」


(ロリコン地蔵にスマホなんか渡したら、大変なことになりそうだ)


 わたしはお地蔵に呆れつつも「トイレの花子さん」という重要な情報をしっかりと頭に叩き込んだ。


「ありがとね。また情報あつめておいて」


 わたしが立ち去ろうとすると、お地蔵が慌てて声をかけてきた。


「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん。最後に一つだけ忠告じゃ」


 その声は、さっきまでの俗っぽさが消え、真剣な響きを帯びていた。


「あの学校でうかつに目立つと、あんたの叔父が気付いてしまいかねない……あやつは規格外の『厄災』じゃ。今はお目こぼしをもらっているようなものの、少しでも悪さをすれば秒で消されるじゃろう。怪異たちがそうならぬよう、いたわってやってほしい」

「……わかってるよ」

「分かっているならよい。ワシは石のフリをするので精一杯じゃからの。ホッホッホ」


 お地蔵はそれきり黙ってしまった。

 わたしはもう一度一礼すると、今度こそ学校へと向かった。


(叔父さんが規格外なことなど、言われなくても分かってる。だからこそ、手駒が必要なんだから)


 教室に着いて席に座っても、授業の内容はほとんど頭に入ってこなかった。

 わたしの頭の中は「花子さんと仲良くなる方法」でいっぱいだったからだ。


(気位の高いギャル……ってどんなのだろう。まずは下手に出て、油断させるのが得策かな……? それとも、はなから大妖怪の格を見せつけてみる……?)


 キーンコーンカーンコーン。


 放課後を告げるチャイムが鳴り響く。

 わたしはノートの隅に描いたギャルの絵をゆびでなぞると、席を立った。


 目指すは、旧校舎の女子トイレ――。

 花子さんと、仲良くなれますように。

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