第2話 バレたら死ぬ!

 「まだ痛みますか?」


 目の前に、心配そうに眉を八の字にしている男がいる。


 ムキムキで、優しくて、学校の先生。

 そう、わたしの叔父さんだ。


 そして――わたしの記憶が正しければ、わたしを殺した忌まわしき一族の、末裔。


(まずいまずいまずい……! しかしパニックになっている場合ではない! ここは冷静に……そう、冷静に対処するんだ、わたし! 大妖怪らしくあれ!)


 わたしはまた叫びそうになるのを、必死に飲み込みこむ。


「だ、大丈夫……だよ。ちょっとびっくり、しただけだから」

「ですが、顔色が真っ白ですよ。やはり病院へ行くべきでしょう」

「平気! ほんとに、平気!」


 色々調べられて、何か見つかったらたまったものじゃない。

 もしわたしが大妖怪だとバレれば……さっきの黒いやつみたいに、パァン!!!されてしまう。


 わたしはぶんぶんと首を横に振って、叔父さんの提案を全力で拒否した。

 叔父さんは納得いかない顔をしながらも「分かりました。もう遅い時間なので、一緒に帰りましょう」と言うと、わたしの右手を取った。


 黄昏時の帰り道。叔父さんはわたしの手をしっかりと握ったまま、一切の隙を見せない。


「プリントは持ちましたか」

「うん……」


 大きくて、温かくて、マメだらけの、ごつごつした手。

 その感触に、わたしの体はまたビクッと震えた。

 振り払いたい。今すぐにでも逃げ出したい。でも、できない。

 フィジカルの差があるのはもちろんのこと。

 それ以上に社会的な問題がある。

 わたしは非力な小学生で、この男はわたしの保護者なのだ。


 叔父さんはさっきの除霊について、にこやかに話してくれた。


「強い力をもった霊がいるとね、わたしちゃんみたいな素直な子に、良くない影響があるんです。だから、僕が全部綺麗にしてあげないと」

「つよい、ちから……?」

「そう。妖怪などですね。僕のご先祖はその昔、強力な妖怪を祓おうとしたのですが、ぎりぎりのところで取り逃してしまったんです」


(あなや! わたしのことだね!? あのとき完全に首、落とされたじゃん! なんでバレてるのかな! あの陰陽師に隠し事はできないということかな……!)


「その大妖怪が、ちょうど僕の代で復活するという言い伝えもあります……でもわたしちゃん、怖がらなくて大丈夫ですよ! そんな奴が出てきたら、僕がパンチッ! ってしちゃいますから」


 叔父さんが空に向かって拳を振り上げる。


 パァン!!!!!!!


 と。さっき聞いた、この世のものとは思えないお祓いの音を思い出してしまった。


「そ、そうなんだ……あんしん、だね……!」


 わたしは愛想笑いを浮かべるので精一杯だった。


 家に帰ると、地獄の第二ラウンドが待っている。

 わたしの両親はいま、二人そろって海外赴任中だ。行き先がちょっと治安のよくない国なので、わたしだけ日本に残された。

 昔から霊感のあるわたし。学校の教師をやっている面倒見のいい寺生まれの叔父さん。

 色んな要素があわさり、最悪ないまをつくりだしていた。


「さあ、わたしちゃんは座っていてください。すぐに夕飯の支度をしますから」


 そう言ってキッチンに立つ叔父さんは、手際よく冷蔵庫から食材を取り出し、調理を始める。今までと変わらない日常的な光景が、逆にわたしの恐怖をかきたてる。


(いつものわたし、いつものわたし)


 食卓に並んだのは、ハンバーグ。ほかほかと湯気が立ち、デミグラスソースのいい匂いがする。


(あなや、わたしの大好物!)


 でも、ちょっと待てい。わたしはフォークを持ったまま冷静になる。


(毒……さすがに毒は入っていないだろうが、しかし! かつてわたしを仕留めた一因も毒の酒! やつらは好物に毒を混ぜたりするド外道だ。油断できないぞ!)


 わたしは警戒しながら、ハンバーグにかぶりついた。

 あなや。普通に美味しいハンバーグだ。


「おやおや、ピーマンさんが独りぼっちになっていますね」


 気づけば、付け合わせのピーマンだけが皿に残っていた。にっこり、と効果音がつきそうな笑顔。ともすれば、獲物を狙い定める獣のごとき表情筋でもって、叔父さんがわたしの皿をのぞき込み、ぐりんと首を回してわたしを見つめる。


「だめですよ、好き嫌いは。さあ、僕が『あーん』してあげましょう」

「い、いいいい、いいです! 自分で食べられます!」


 笑顔の圧に負けたわたしは、泣きながらピーマンを口の中に押し込んだ。

 苦い。わたしの二度目の人生の味がこれだ。なんて苦いんだろう。


 食後のリビングタイムも、お風呂も、全く気が休まらなかった。


「わたしちゃん、このアニメ面白いですね」と隣で囁かれれば心臓が跳ね、お風呂中には「のぼせていませんか。一緒に入りますか」と数分おきに声がかかる。


(お父さん、お母さん、はやくかえってきて!)


 やっとの思いで解放され、自分の部屋にたどり着いたわたしは、ドアに鍵をかけた瞬間にベッドへ倒れ込んだ。


 ようやく、一人だ。

 わたしは天井を見つめながら、今の状況を整理することにした。


 一、わたしは元々、鬼を束ねる大妖怪である!

 二、今は非力な小学生の女の子……。

 三、天敵(たぶん、先祖より強い)と一つ屋根の下で同居中。

 四、バレたらパァン!!!!!


「……くつじょくだ」


 思わず声が漏れた。

 大妖怪たるこのわたしが、ピーマンごときに涙目になり、風呂の心配までされて……。


「だが……!」


 ベッドからむくりと起き上がる。


「このまま終わるわたしではないぞ! あらゆる苦難を超えて、いまのわたしはここにあるのだ!」


 かつて鬼の頂点に立ったプライドが、心の奥で炎のように燃え上がった。


 わたしは机に向かうと、プニキュワの自由帳と鉛筆を手に取った。

 一枚目に、こう書き記す。


【さくせんかいぎ①】


 そうだ。作戦を立てるのだ。

 この絶望的な状況をくつがえし、かつての栄光を取り戻すための作戦を。


 わたしはごくりと唾を飲み込み、鉛筆を握る手に力を込めた。


【なかまを ふやす】


 まずは、戦力。手駒だ。

 わたしは脳裏に、この学校にいるはずの怪異たちの顔を思い浮かべた。


(学校といえば怪異のそうくつ! まだチャンスはあるぞ……!)


 わたしの二度目の人生をかけた反撃計画が、今はじまる。

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