第六話 朝の喧騒
——巴里市内、某所。
「うわ~~~ん!!!オスカ~~~~!!!!あの花の異能者がいるなんて……しかもあんなに強いなんて聞いてない~~~!!!!」
汚されたドレスもそのままに、オースティンはみっともなく傍らの美男子に泣きついていた。
オスカー、と呼ばれた彼は年上の部下を抱きしめるとよしよしと慰めてやる。長く柔らかな睫毛に縁取られたその目は、愉快だとでもいう風にモニターを眺めている。
「うんうん、ジェーンの異能は直接戦闘向きではないものね。それに、君みたいな頼れる人じゃなくて、あんな訳の分からないテロリストに付いていくなんて……あの子も本当に愚かだ」
「ぐすっ……ほんっとにそう!絶対に私の方が信頼に足るはずなのに……装備も奇襲し損ねたし……本当に酷いひとたち!」
相変わらずべそべそ泣いている彼女を膝に乗せたまま、オスカーはモニター越しの相手と話をする。
「とまぁ、こんな調子で監視官は暫く役に立ちそうもないのだけれど、次の手はどうします?」
「立つわよ!」
「……らしいですけど。ぼくらは現場の残存物や失踪者の調査に当たりますよ。……承知しました。ああいう子の扱いは、彼の方が長けていそうですからね」
▽
柔らかな朝の光。けれど朝のチャイムは聞こえてこない。
寝過ごした、とマリーが目を覚ましたのも束の間、身動きが取れなくなっているのに気が付いた。いや、これは単に掛布団がやたら重いせいだ。何やら不思議な匂いもする。此処は、何処だろう。
「あ、もう起きてたんだ?てゆーか今起きたとこって感じだね!なら目覚めのキスは不要かな?」
こんなにふわふわした金髪の先生なんていなかったはず、と寝起きの頭で考えて、漸く自分の置かれた状況を思いだす。
今までの家はもう無くなって、今日からはこの人たちと暮らすんだった。
「おはよう、ございます……」
「よく眠れたかな?マットレスの下にエンドウ豆はなかったし大丈夫だと思うけど!あ、そうそう。コレットが君の服用意してくれてるから、それに着替えたらいいよ!下で朝ご飯の支度が出来てるから、着替えたら来てねー!」
マリーの部屋に押しかけてきたアントワーヌは、言いたいことを好き放題言ってしまうとさっさと出て行ってしまった。嵐のような人……とは彼の事を言うのだろうか。
ともあれ、ベッドサイドに置かれた服を手に取ったマリー。日中の活動着にしては、なんだか妙にフリルが多くて着づらいし、何だか落ち着かない。空色のふわっとしたスカートは良いとして、踵の高くなっているシューズなんて初めてだ。
「わ、とと……」
慣れない服と足元に戸惑いながら、恐る恐る階段を下りていく。
食卓にはアントワーヌをはじめ、サロンのメンバーが各々気楽に過ごしていた。
「おはようございます……」
おずおずと挨拶をするマリーに真っ先に返事をしたのは、雑誌を眺めていたコレット。
「おはよう!あら、リボンはどうしたの?服と一緒に置いてたはずなんだけど」
「リボン?」
「誰かが入ったときに飛んじゃったかしら?ちょっと見てくるわ~!」
彼女はマリーの髪を軽く整えると、忙しなく出ていった。
代わりに話しかけてきたのはデュマ。
「女の子が来たからって張り切っちゃってさ……マリーの朝ご飯、そこにあるから食べて!まだあったかいから!」
「……ありがとう」
促されるまま席に着き、そっと飲み物に手を伸ばす。ほんのり温かいカフェオレは、どこか懐かしい味だった。
遠慮がちにクロワッサンをつつき始めたマリーに、目玉焼きの黄身をまるっと一口で食べ終えたデュマが言う。
「それ、他のとこのよりちょっとしょっぱめで美味しいでしょ」
「……デュマは、いつもみんなと朝ご飯を食べてるの?」
オレンジに手を伸ばしていた彼は、名前を呼ばれてむすっとした。
「……覚えててくれて何より。でも、おれその名前嫌いだから。『アレクシィ』って呼んで」
「嫌い?……分かった」
「で、本題に戻るけど、おれ達って基本此処で寝泊まりしてるんだ。サロン全体で家族みたいな。だから、昼は好き勝手してるけど朝晩は特別なことがなきゃみんなで食べてるな」
「孤児院みたいな?」
「や、別におれは親いたし……どっちかと言うとシェアハウスみたいな?カミュは何時でも単独行動だし、会長は地下にいるけどさ」
いつの間にか戻ってきて、マリーにリボンタイを結んでいたコレットが付け加える。
「集まってる分狙われやすくもなるけど、自衛もしやすくなるからね。それにしても……マリーちゃんにはキュート系よりも暗めのゴスっぽい服装の方が似合いそうね」
マリーの短いながらも艶のある黒髪を眺めながら呟く。
「あたしの持ち合わせならサイズはいい感じのがあるんだけど、ほら、あたしとは系統の違う顔じゃない? こっちはゆるふわキュート、マリーちゃんは陰のあるミステリアス美少女、って感じで」
身長差がありそうなのに何故そこまで持ち合わせが、とは思ったが言わないでおいた二人。
デュマが女性陣の顔を見比べて見たところ、なるほど確かに雰囲気が全く違う。そこでふと、彼の脳内にある名案が浮かんだ。
「じゃあさ、一緒に買い物に行こうよ! マリーってこの辺には来た事ないんだよな?新しい服買ったり、美味しいもの食べたり……あ!あの変な雑貨屋とかも見せてやるよ!」
「良いじゃない!お姉さん予算出してあげるからちょっと待ってなさいね……」
調子よく話を進めだす二人に、マリーはどうすればいいのか固まっている。
そこへまた賑やかな男がもう一人。
「ちょっとちょっと、何僕抜きで楽しそうなことしてるのさ!」
「あっ、アントワーヌ。いたの」
コレットはちらりと声の主を一瞥すると、目ぼしい店のチェックを再開する。
「いたの、じゃないよ!今日は昨日マリーが追跡される原因になったことを反省して、個人情報保護マントを作ってきたから試験飛行をしようと思ってたのに……」
「ダーメ。今日は新しいお洋服を買ってあげる日よ」
「どっちも駄目に決まってるだろうが!!」
と、怒鳴り込んできたのはもちろんバルザック。アントワーヌが何かやらかしたのだろうか、カーテンらしきものを引きずっている。
「そもそもつい昨日あれだけの事があったんだ、マリーのことは休ませつつこの環境に慣れてもらうのが先決だろう」
「そのためにも、みんなでショッピングして仲良くなろうって話なんだけど」
「ねーえ、僕の試験飛行は?」
「「それはない」」
大人三人は何やら口論を始めてしまい、マリーとデュマは完全に蚊帳の外。居心地悪そうに皿の上のパンくずを集めていたマリーに、デュマがそっと囁いた。
「ね、この隙におれたち二人で出かけちゃわない?」
「え、でも……」
「お金ならクレカの家族カード持ってるし、それにおれ結構強いからさ!」
ふとマリーは、以前孤児院で友人と夜中に部屋を抜け出して探検に出たことを思い出した。仲良しだから特別、絶対秘密、と言われて建物の中をこっそり歩き回って、でも怖くなってすぐ布団に戻ってしまった……それだけのこと。
もしかしたら、デュマ――アレクシィは、昨日会ったばかりの自分をもうそのくらいの友達だと思っているのかもしれない。何故だかじんわりと、胸の奥が温かくなる。
そう思いかけたところで、ぐいっと腕を引っ張られる。
「善は急げ!今のうちに出かけちゃえー!」
「えええ!?」
もしまた時計仕掛けの歩兵隊のような相手に襲われたら?
そんな不安がマリーの脳裏に過ったが、一回り年上の彼の手に引かれていると、全てがどうとでもなってしまうような気がした。
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