水槽の中から

坂の下はカカシ

第1話 死んだ

ほとんどの学校では必要のないくらいワックスをかけていると思う。

何層も重ねられたワックスの薄い隙間に一学期分の埃が溜まる。一番新しい埃も、最初は多少の空気が入る隙間はあるだろうけど、年が経つごとに人が歩くたびに押し固められてやがて下のワックスたちと同様に床の一部として機能するようになる。


高校三年の一学期終わりに俺赤坂タキカは同級生の神木田キクルといつものように下校していた。

この時期になると、一週間ずっと雨とかいうふざけた気候とかの時もあるが、これは絶対にわざとやっているだろうと思う。


「お前今日確か塾あったよな?」

そうキクルが聞いてきた。

「ああでも今日飛ぶわ」

「まあどうせ理由はないだろうけど、一応何でか聞いてもいいか」

「まあ気まぐれだな」

「でしょうね」


本当に気まぐれであった。今日は絶対に塾に行きたくない。そんな日もあるだろう。だって行きたくないんだもの。でも大体、親にこう言うと休ませてくんねえんだよな。


「あとお前口くさいからちゃんと歯磨きしろ」

「わかったわかった」

キクルは口が臭いんだ。

こんな会話をしてるうちにキクルの家に着いた。


「今日はお前の家に居させてくれよ?帰ったら親に塾休んでんのバレるからな」

「ほんと勘弁してくれよ」

「いや俺はそんなつもりないんだ。ただ、気まぐれでお前の家に来てしまったというだけ」

「はいはい」

キクルはそうため息をつきながら言った。


「あ!そういえばお前俺が貸した小説どうしたんだ?」

こいつに貸したのは一ヶ月前だというのにこいつ忘れてるのか?

「え?何だっけそれ」

キクルが覚えていないのは本当に珍しい。俺よりも何倍も頭いいくせに。


「ほら俺が貸した半分くらいにしおりが挟まってるやつ」

「あーなんかあったな、そんなの」

「思い出したなら返せよ」

「わかったわかった」

そう言ってキクルは部屋を出た。


俺はキクルの家の漫画を読み漁っていた。こいつの部屋には何も隠しているものがなくてつまらない。あるのはベッド、無造作に置かれた漫画、そして死体のみである。


「おーまたー」

「なんだやっと見つけたのか」

キクルは部屋を出てから10分くらい俺を待たしていたんだ。


「これでしょ?」

そうそうこれだよ。でも肝心のしおりがないじゃないか。

「お前、これしおりどこやったんだ?」

「あーなんかあったな、そんなの」

そうしてキクルはまた部屋を出た。


まあもうしおりの挟まっているところなんて忘れたからあったところでなんだけどな。それよりもこの山積みになっている漫画をなんとかして欲しい。寝そべって俺はゲームを始めたいのに全然できないんだ。


「お・ま・た・せ!」

「ったくおっせえなあお前は」

「この金メッキのやつでしょ」

「あーこれだわ!サンキュ」

「あとさゲームしたいからこれどかしてくんね」

そう言って俺は漫画の方を指さした。

「あーごめんごめん」

そうやってキクルはとりあえずベッドの上に漫画を置いた。


「よし!じゃあゲームしようぜ」

「だな!」

そうしてキクルがゲームを起動させると、見たことのないゲームが始まった。よくあるRPG的な。


「おー始まったな」

俺はゲームをあまりしたことがなかったんだ。

めちゃくちゃこの日を楽しみにしていたんだ。


「タキカはさ、好きな魚はいる?」

始まった。俺はそう聞かれた瞬間、一瞬動揺を隠せなかった。この脈絡のないこいつが突然聞いてくるこの質問に。


「いやー特にないな。金魚とかかな」

これの答え方はまだわからない。だってこの先に行った奴らがいないから。

「まあやっぱ、そうやってみんな金魚を選ぶんだよなあ」

終わった。みんな選ぶと言うことは俺がこの先どうなるか確定したんだ。

もうこいつに気を使う必要はない。


「でさキクル」

「んどうした?」

「このテレビの横にある死体は片付けなくていいのか?」

俺はそうやって入った時、いや入る前から知っていたテレビの横の透明の水槽に、ギチギチに詰められた死体を指さしながら聞いた。


「お前は知る必要ないだろ」

キクルの目が変わった。

その目を見た瞬間、俺はポケットに隠しておいた無線を取り出して


「今回、僕、赤坂タキカは!やはり今まで同様!魚の質問のところで失敗しましたああああ!」

そう泣きながら叫んだ。だって俺たちはただこいつの倒し方を探るだけの捨て駒なのだから。ただ神木田と同じ学校に通い、同級生として振る舞うだけの仕事だから。


「くっそお!お前のことなんか俺たちは簡単に殺せるんだぞ!」

俺は喉が潰れる勢いで叫んだ。

その俺を見た神木田は何故か悲しそうな顔をしていた。


「お前なんかいずれ俺たちの誰かにぶっ殺されるんだ!お前今まで何人の人を殺したと思ってる」

キクルはそう叫ぶ俺を見てゆっくりと俺に近寄ってきた。

「何・・言ってんの」


そう神木田は涙交じりの声で言った後、俺の無線を壊して、俺を殺したんだ。ナイフとかではなく、ただ俺を肋骨から横隔膜にかけてを陥没させるまでボコボコに蹴りまくるんだ。そうして俺が虫の息になった後、こいつは俺の衰弱を漫画読みながら待つんだ。


俺の死体は水槽へ入れられて、上から神木田が強く押した。無表情で肘や足でぐりぐりと俺の体を押し込んだ。内臓が出ても、骨が出ても全く気にせずただ泣きながら俺を殺すんだ。まだ俺の死体はまだ原型を保っている。


そうして俺を殺し終わった後はぴたりと泣き止んで、何事もなかったかのように風呂に入って、鼻歌歌いながら体に付着した内容物を洗い流すんだ。排水溝に詰まった俺の断片を律儀にタワシで擦り取るんだ。


しかしこの後、何日も何日も同じ質問のところで俺たちは殺された。


そうやって赤坂タキカの死体は段々、上から次から次へと入ってくる死体の圧力に耐えられず、空気の入る隙間もないくらい押し固められた。時間が経つとその死体は、段々体液が滲み出てきて最終的に、水のようになる。


時間が経って死体がもう入りきらなくなると、神木田は下の水だけを飲むんだ。

固体だったはずなのに神木田が定期的にその水を飲んでいるおかげで永遠に水槽は満杯にならない。ただ異臭がどんどん増していくだけ。腹の中から死体の発酵したような、ドブ臭い。


そうして平然とまた学校に行く。僕たちは永遠にこのループに取り憑かれるんだ。

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