特待生試験と再会の庭
ついに特待生試験当日となった。
「メロディ、落ち着いてね!」
「……もう、ママの方が落ち着いてよ。私は失敗なんてしないから」
どうやら、メロディのメンタルはかなり強いらしい。
(本当に、一体誰に似たの?私はコンクールの時はいつもドキドキだったのに)
小さな頃から、メロディを褒めて伸ばしてきた。それだけは確かだ。だから、娘は自己肯定感がかなり強いのだろう。
「えーと、1日目は課題曲の試験からよね……」
「何度も確認して分かってることじゃない。やっぱり、ママの方が舞い上がっているね」
「もう、生意気言って。確かめないと落ち着かないのよ」
特待生試験は、4日間に及ぶ。2日目までは膨大な課題曲の審査、3日目は即興演奏審査、最終日は渡された楽譜で即席のアンサンブル演奏をしなければならない。面接もしっかりある。
(はあ、私が試験を受けるわけではないのに、試験内容を見ただけで気が重くなるわ)
「ママ、元気出して!私、やる時はやる子だから!」
メロディは貴族令嬢らしからぬ勢いでミルクを飲むと、立ち上がった。
「よし!朝食もしっかり食べたし、やってやるわ!」
勇ましい娘は意気揚々と試験会場であるウイナ音楽院へと向かったのであった。
……今の時間は、課題曲の審査中である。メロディに一緒に付いて来たルイーズは懐かしい思い出の詰まるウイナ音楽院の庭を歩いていた。
(どうか、メロディがうまくやれますように)
ベンチに座って思わずお祈りをしていると声をかけられた。
「ルイーズ、久しぶりだね」
アードルフだった。
しばらくぶりに見た彼は、ヒゲを生やしてる。そして、相変わらず見事な金髪が美しい。
「あら、ヒゲを生やして......ずいぶん雰囲気が変わったのね」
挨拶の言葉を言おうと思ったのに、久しぶりの再会で動揺したのか、思った言葉がそのまま口から出た。
「ああ。ここで講師をすることになったから、貫禄を出そうと思ってね」
ウィンクしながら言う彼は、見た目の落ち着いた雰囲気とは違って、変わらない。
「ふふっ。中身まで変わっていなくて安心したわ」
「そういうルイーズもね。 メロディ君の付き添いで来たんだよね?」
「ええ。あなたが今こうして歩いているということは、明日以降の審査に加わるの?」
「そうだよ」
動じる様子もなく答えるアードルフが少し気になる。
「友人の娘を審査する割に冷静だわ」
「審査するのは僕だけじゃないからね。教授や講師も入れて10名弱はいるんだ」
「そんなに……?メロディが心配だわ」
不安に駆られて思わず胸を抑えた。
「君とレウルスの子なら期待したくもなるよ。僕がこんなことを言うのは立場上、マズイけれどね」
「嬉しい言葉をありがとう。今、あなたとこうして話していることは良くないわね。......落ち着いたら、みんなで食事会でも開催できたら嬉しいわ」
あまり長居は良くないと思って、ルイーズはベンチから立ち上がるとアードルフに別れを告げた。彼も建物の中へ戻って行く。
彼の広い背中を見送りながら、ルイーズは“すっかり大人の紳士になったのね”と心の中で呟いた。
アードルフとは近頃、手紙のやりとりが途絶えていたが、直接、会話を交わしたことでホッとしている。
(よく知る人が元気でいたと分かるのは嬉しい......)
なんとなく情緒的な気持ちになったけれど、メロディが試験に挑んでいるのだと思うと、気持ちを引き締めた。
……4日に及ぶ緊張の特待生試験が終了した。
「ママ、ケーキ食べに行きたい。試験でかなり疲れたし!トリアのスイーツは世界一なんでしょう?」
「そうね。ぜひ、行きましょう。あなたはとってもよく頑張ってえらかったわ」
出掛ける準備をしていると、メッツォから届いた手紙が目に入る。
(レウルスもこちらに来ることができれば良かったのに……)
レウルスはボロゴ楽団の定期公演があってメッツォを離れられなかったのだ。かわりに、手紙が送られてきている。相変わらず、とっても短い文章だったけれども。
(レウルスと離れているのはやはり寂しいわ)
もしもメロディがウイナ音楽院に通うことになったら、レウルスと離れ離れで暮らすことになる。この寂しい状態が続くと思うと、寂しかった。
娘の夢のためなら、一時の別れも覚悟しなければならないと、頭では分かっている。
そして、トリアにいることになった際には、自分自身もどうするべきかというのも考えなくてはならない。
(ああ、娘を応援するだけでなく、そのほかのことも考えなくてはならないと思うと気が重くなるわ......)
メロディは、夢を叶えるその裏で両親がどんな思いをしているか、まだ知らないのだろう。でも、きっと彼女が親になったら初めて分かるのではないかと思う。
運命の合格発表は3日後だった。
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