悩ましき幸せのカタチと未来

皆がいる部屋に戻ると、クリスティアンたちがこちらを見てニヤニヤしていた。


父と兄は2人で話し合うことでもあるのか、席を外している。モニカも部屋に戻ったようだ。


「仲直りはできた?」

「ええ。仲直りはしたわ」


クリスティアンもケンカしたことを知っているところを見ると、きっと、マティアスから聞いたのだろう。マティアスがゴメン、というような顔をした。


「それで、カルロ様たちがここに来た目的はなんとなく察しがついている。いい方向に進むのだろう?」


レウルスと目配せしてうなずいた。


「ああ、そうだ。だが、ここだけの話だ」

「分かっているよ。しかし、おめでたい!ぜひ、乾杯しよう!」

「お前は飲みたいだけだろう?」

「なにを言っているんだ。友達の幸せを願わないヤツなどいるか」


すぐに酒の入ったグラスが用意され、皆で乾杯をする。


「いやあ、ルイーズが幸せになれそうで良かった、良かった!」


ディートマル国での演奏旅行中、アードルフとの修羅場を見たクリスティアンは感慨深げに言った。


「今度はあなたたちね」

「僕たちね、いつになるのかなあ。形としては難しいかもしれないけど、側にいられれば幸せではあるんだけどね」

「側にいることって大事よね」


その日は皆でいろいろなことを語って、遅くまで飲み明かしたのだった。


………それから順調すぎるぐらい物事はスムーズに進んでいった。


まず、レウルスがボロゴ楽団の首席チェロ奏者として正式に決まった。彼は決定してからも以前と同じように、練習の3時間前には練習場には着いて、楽器の調整や準備・練習などをしていた。


「トップクラスの交響楽団なだけはある。ルイーズに苦労させなくても済みそうだ」


この前、レウルスに言われた言葉だ。国内トップであるボロゴ楽団の年収はかなりで有名だった。そういうこともあって憧れる者も多い。


父も兄もレウルスがボロゴの一員になると満足気であった。


「一度、就任すれば、ほぼずっと在籍することになる。これはいい。見合うだけの技量を常に磨かねばならんが」


と父は言って、レウルスとの結婚もなんだかんだ言いながらも前向きに捉えているようだった。


「........年間100以上の公演もあるのだし、これまで以上に忙しくなるわね」

「そうだな。だが、そういった場が与えられているのは幸せなことだ」


こうしてレウルスと話していると、最近、ふと考えさせられた。


(レウルスが順調なのは、本当に嬉しい。でも——なんだか、自分だけが取り残されているような気がしてしまうわ)


彼が落ち着くと、自分はどうしようと焦ることが多くなったのである。


「ルイーズは結婚したらどうするつもりだ?」


この前、父に尋ねられた。


「私は変わらず、音楽家としての活動をしていきたいと思っています」

「ヘンリー殿下にお子様が生まれる。ルイーズもそろそろ、次の段階のことを考えておいても良いのではないか?」

「え.......」


父の言葉にルイーズは落胆した。


(お父様はやっぱり、女性は子どもを産んで家を守るのが大事だと思っているのね)


音楽の都であるトリアで特別賞や銅賞を受賞したといっても、父の中ではルイーズはどうしても音楽家ではなく、貴婦人らしい生活を望んでいるらしい。


自分の気持ちを分かってくれていると思っていただけにガッガリした。


(とはいえ、あのままヘンリー様と結婚していたら、子どもを産むことになったでしょうから、お父様の気持ちも分からなくはないわ)


「お父様、私はまだ音楽家として活動したいの。まだレウルスとも結婚しているわけでないし、そう焦らなくても良いでしょう?」

「まあ、そうだが.......」


幸せになるはずなのに、願いが叶えられそうになると見えてくる現実もあった。


……今日は、呼ばれて王城にやって来ている。


相変わらずリリアンたちから呼ばれて王城に赴くことが多かった。


「リリアン様、ずいぶんとお腹が大きくなられましたね」


リリアンはお腹が大きくなるにつれて母性が増しているようだった。愛おしそうにお腹を撫でている。


「私のお腹の中に子どもがいると思うと、自分よりもこの子を大切にしたいって思うようになったの」

「母としての意識に目覚められているのですね」

「あなたも母になったら分かるわ。この気持ち」

「......そうですね」


父に言われた言葉がチラリと頭をかすめた。


(“いずれは私も母に──”そう思う気持ちはあるわ。だけど、今はまだ音楽でやるべきことがあるのよ.......)


そんな気持ちが胸の中にある。


リリアンが希望する“穏やかで美しい曲”を演奏していると、ヘンリーが顔をのぞかせた。


「いい曲だ。きっと腹の中の子も喜んでいるだろう」

「そうよね。私もそう思う」


2人の会話が父と母そのもので、なんだかルイーズは自分とは違った種類の人間に感じられた。


「お二人に愛されてるお子様は幸せですわね」

「ルイーズも子ができれば分かるさ、このなんとも言えない幸せな気持ちが」


ヘンリーもリリアンと同じようなことを言う。


(あのヘンリー様が父の顔をしているなんて.......なんだか不思議)


「ヘンリー様は、育児書も読むのよ」

「まあ、とても良いお父様になられますわね」


城を後にすると屋敷には珍しくレウルスが戻って来ていた。


「おかえり」

「ただいま。レウルスが先に帰っているなんて珍しいわね」

「たまには休憩することも大切だ」


そう言いながらも彼は楽譜を手にしていた。しっかりチェックしている。


(いいな、レウルスはボロゴに所属できて)


有名楽団に所属するのはとても難しいことだ。まず、空きがない。よっぽどの実力と運が良く無ければ所属はできない。


「どうした?」

「いえ........」

「悩みがあるなら聞かせて欲しい」


..........レウルスに言われて、このところ悩んでいたことを思い切って打ち明けてみた。


「オレは、ルイーズと結婚してもすぐに子どもを願うことはない。ルイーズがバイオリンに真剣な姿を見てきたし、オレも応援している。だから、焦らなくていいと思う」


レウルスはルイーズの気持ちを汲み取って考えていてくれた。


「……ありがとう」


リリアンのように母になる喜びや守られて生きる喜びも、きっと素晴らしい。だけど──音楽だけは自分の力でもぎとらなければならない、どうしてもそんなふうに感じてしまう。


理解ある未来の夫のためにも。自分自身のためにも——もっと安定した音楽活動を築いていかねば、と強く思ったのだった。

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