クレメンテの言葉が波紋を呼んだ日

皆の前でクレメンテがルイーズを抱きしめていた。


「やりすぎだ!」


途端にレウルスが引き剥がした。


「こ、興奮していたのよね?」


自分がこんなに興奮しているのだ。当人ならもっと興奮していても不思議じゃない。


「ごめん。感謝の気持ちが湧いてつい」


クレメンテは申し訳なさそうな顔で言う。


その場にいた人も彼の様子を見て、仕方ないと言う雰囲気になった。


「気を付けろ」

「うん。申し訳ない」


レウルスはクレメンテの謝罪を受け入れ、その場は収まった。


........それよりも翌日の新聞がメッツォを騒がせることになった。


《ディートマルのピアニストがメッツォの国民を熱狂させる!》


そんな見出しが、朝刊の一面に大きく躍ったのである。


父は新聞記者たちも演奏会に呼んでいて、ディートマルの印象を良くするために前向きな記事を書くように指示していた。


だが、彼らは忠実なようでいて自分たちにとって有利な記事を書こうとする。今回もソレだった。


《クレメンテ氏は自由な愛を支持!メッツォに新しい風を吹き込む勢い》


「自由な愛、とはどういうことだ?記事を見るに、メッツォの古い価値観に疑問を呈するような内容に書かれているぞ!」


父が新聞を手に声を上げている。朝食の場だった。


「すみません。つい、いろいろと話してしまいました」

「君が発言したとされる“愛は自由であるべきだ”とは、本当に言ったことか?」


父は新聞のある部分を指していた。


《身分差の愛、性別に囚われない愛、人はもっと自由に愛を語ってもいいのではないか》


メッツォでは衝撃的な内容だった。


「それは解放的な自由な愛、というテーマで曲を作った時の話でした」

「うまく切り取られて使われた、ということか?....これは衝撃的な発言だと受け取る者が多いはずだぞ」

「すみません……」

「でも、あながち、彼に否定的な人ばかりではないでしょう。彼の発言は僕たちの世代では好意的に捉えられています」


兄のルースが口を開いた。


「我が国は保守的なのだ。そこを否定するとなると、混乱を招くことになる。あまり楽観的に見るべきではない」


父は心配していた。


「お騒がせしてしまい、すみません」


マティアスがひたすら謝っている。


「そんなに重大ですか? そろそろ、メッツォも新しい風を感じる時なのではないですかね?」


クリスティアンが口を挟んできた。


「君はディートマルの人間だから気軽に言えるのだ。メッツォにはメッツォの価値観がある」


ルイーズに父が厳しい顔をした。


「お父様、冷静になって。クリスティアンも発言には気を付けて」


(考えの違いが........こんなにも話題になるなんて)


クレメンテの演奏が素晴らしかっただけに、それが社会問題として騒がれたのは、なんとも残念だった。


「とにかく、君の衝撃的な発言で賛否両論な意見が出ている。今後、発言には気を付けたまえ」

「はい……」


……朝食が終わると、ルイーズはピアノ室に向かうクリスティアンを呼び止めた。


「せっかくの素晴らしい演奏が、違うことで話題になりつつあるわね」

「予期していなかったよ………。でも、クリスティアンの言葉に共感することがあったのは正直な気持ちだ」

「そう.....。話した相手が悪かったわね」

「ごめんよ」

「いえ、良かったら庭を散歩しない?白いバラがとてもキレイよ」


凹んでいるクレメンテを励ましたくて庭の散歩に誘った。庭なら密室でもない。


「.......レウルスは?」

「彼は朝早く練習に出掛けたわ」

「なら、ぜひ」


夏に近づいていて陽射しが強い。日傘をさそうとするとクレメンテがスッと傘を持ってくれた。


「僕が持つよ」


並んで歩くと距離が近くなる。少し、気マズイ気持ちになった。


「このバラ、ルイーズみたいだ」

「私は白バラのイメージなの?」

「ルイーズは色がとても白いから。君の肌は透き通っていてとてもキレイだ」

「まあ........」


褒められて照れた。


「ありがとう。.......あなた、このところ褒めるのが上手になったみたい。これもクリスティアンの影響?」

「彼に受けた影響は大きいよ。………だから、身分違いの恋も性別の違いによる愛も否定したくなかったんだ」

「.........彼らを応援しているのね?」

「それもあるけど、共感するところがあるからだよ」


クレメンテが真面目な顔をして言った。


「共感?」

「身分違いの恋だよ........」

「あなたは誰かに恋をしているの?」

「そうだよ」

「驚いたわ」


彼は知らないうちに、誰かに恋をしていたようだ。


急にクレメンテが笑い出した。


「どうしたの?」

「なんだか君がなにを考えているか分かるよ。だけど、君が考えているのはきっと違うと思う。あ、答えは言わないよ」

「なによ、意地悪ね」


クレメンテは肝心なところで察しが悪いルイーズを微笑ましく思いながら、2人はしばらく庭を歩いたのだった。

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