満月下の甘い夜
私室にいると、窓にコツンとなにかが当たる気配がした。
何度も当たる音がするので、気になってバルコニーに出てみる。すると、バルコニーの下にレウルスがいた。
「どうしてそんなところに?」
「月が美しいから散歩をしていた。バラと月はなかなか合う」
なかなかロマンチックな言葉を言う。
「確かに素敵ね。私も庭を歩きたくなったわ」
どうにか下に降りれないかと、周りをキョロキョロとする。
「待っていて。私、この枝を伝って……」
「なにを言っている!そんなのダメだ、危ない」
「でも、この時間に部屋から出るとしたらこうでもしないと」
「オレがそちらに行く」
レウルスはそう言うなり、助走をつけて地面を蹴った。上手くバルコニーの柵を掴むと、反動をつけてバルコニーに降り立つ。
「なんて危ないことを!人に注意している場合ではないでしょう!」
「こうして無事にここに来れただろ?オレは運動神経は悪くないんだぞ」
以前の彼は少しふくよかだったから、まさかこんな芸当ができるとは思っていなかった。
「運動神経に自信があったとしても、あなたが傷つく恐れがあったわ!」
ルイーズは思い切り眉をひそめる。
「そうだとしても、ルイーズの側に来たかった」
レウルスの言葉に胸がキュンとした。
「二度とこんなことをしないで。体が傷つくようなことをするのは絶対にダメ」
「体だけか?」
レウルスが悪戯っぽく問い返す。
「心も体も両方よ」
“ああ、こんなやり取り前にもあったな”と、思った。思い出すと、胸がほんのりと熱くなった。
「昼間に殿下と親しく話すルイーズを見て、オレの心は傷ついたなあ」
「それについては謝ったでしょう?」
「そうだが、もっとケアしてほしい」
「ケア?どうしてほしいの?」
レウルスにグイと引き寄せられる。唇を撫でられた。
(やっぱり、そうくるのね)
キスすると、彼は満足したように微笑んだ。
「……皆、おめでただな。うらやましいと思ったりするか?」
「少しだけ。でも、私はまだ音楽活動のことがあるから――そういったことは考えられないわ」
「そうだな。だけど……」
レウルスがルイーズを抱きしめる。あまりにピッタリとくっつかれたので、彼の身体の変化が分かってしまった。
「――意味は分かるわ。だけど、禁じられているでしょう?」
「分かってる。だけど、好きだからこそ触れたくなる。それ自体は自然なことだろう?」
「分かるけれど……」
アードルフもすぐに触れたがる人だったから、男性のそういった気持ちも分かる気がする。自分だって好きな人とのスキンシップは嫌いじゃないと、ルイーズも思う。
1つ、気になった。
「あの、いずれそうなった時のことを考えて聞きたいことがあるわ」
「なにを?」
「その……レウルスは経験があるの?」
レウルスが黙る。
(――黙った。もしかして、レウルスにはすでにそういった経験が……)
「オレは………ないよ。ルイーズもだろう?」
「え?」
逆に問われるとは思わず、まごついた。
(どんな答え方をしたら、恥ずかしい気持ちにならないかしら)
「……黙っているということは、まさかアードルフともう?それとも殿下と?」
レウルスが見たことがないくらい真剣な表情で聞いてくる。
「違うの……!ないわ。どう答えたら恥ずかしくないか、考えてしまっただけ」
レウルスは大きく息を吐いた。
「そうか……」
彼が心底、ホッとしたような顔をしている。レウルスの眉間がゆっくりとほどけ、ふっと安堵の笑みがこぼれた。
「それを聞いて、嬉しい。……本当に。もしかしたらルイーズはそうではないかもしれない、と思ったから」
「どうして?」
「ルイーズと初めてキスした時、泊って行かないかと誘われたからな」
「それは……!あなただったからだわ。私はあなたをずっと好きだったから言ったの!軽い気持ちじゃないわ」
「――ずっと好きでいてくれたのか?」
彼はそちらの言葉が引っ掛かったらしい。
「ええ。実は私、あなたに一目惚れしたのよ」
「本当か?オレのチェロが気に入ったとは聞いていたが」
「私の気持ちを掴んだあなたは、私をフルンゼ楽団まで導いたのよ」
「そうだったのか.......」
レウルスはとても幸せそうな顔をしていた。
「嬉しいよ、とても」
「最初はあなたに、妹のようにしか見てもらえなかったから苦しい思いもしたわ」
「それは……。ルイーズはフルンゼの一員だと思っていたし、正体を知ったらなお一層、距離を感じていたから」
「今は違うわよね?乗り越えてくれるでしょう?」
「ああ。オレは諦めないよ」
レウルスが力強くルイーズを抱きしめる。
欲しい確かな言葉を言われて、もっと彼の近くにいたくなった。
「今夜、ずっと一緒にいれたらいいのに」
「……では、そうしようか」
レウルスは決心したような顔になる。
ルイーズはコクリとうなずいた。
部屋にレウルスを招き入れると、ドキドキしながら部屋の鍵を閉めた。 小さく鍵が回る音がして、心臓の鼓動がひときわ大きく聞こえるような気がした。
「緊張するわ」
「オレもだ」
いつもは落ち着いているレウルスがソワソワしていて、少し面白い。
「こういう時って、気持ちを落ち着けるために……なにか飲んだほうがいいのかしら」
戸棚を探ると、ワインが見当たらない。
「……なくても、大丈夫だ」
レウルスがルイーズにそっと腕を回す。
背中に触れた体温が、心まで温められたような気がした。
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