サンス男爵家の末っ子と父の夢

父と兄のは恒例のごとく、クレメンテをつかまえると飲ませていた。


(クレメンテが……。彼はトリア出身だからお酒は強いと思うけれど)


父と兄は、屋敷に男性客が来るたびになんだかんだで飲ませて尋問のような質問をするのだ。


(本当に、こういうのはやめてほしいわ)


新しくトリオのメンバーとなるクレメンテのことは2人も知りたいはずだ。


父はいそいそとワインボトルを持ち出してくると、隣にクレメンテを呼んで話し出した。兄も帰宅するとさっそくそれに加わる。


(助けた方がいいかしら?)


クレメンテは困った顔をしながらも問われるままきちんと説明していた。


ちなみに父は、イザベラ夫人と連絡を取り合い、ルイーズのメッツォでの活動にも関わっているらしい。


(クレメンテの人柄が伝わった頃を見計らって、助け舟を出したらいいわね)


その間に、ルイーズは妊娠中のモニカの様子を見に、彼女の部屋を訪れた。


ノックすると、扉が開いて侍女が顔をのぞかせる。


「モニカお姉様は?会える状態かしら?」

「ルイーズ?どうぞ入って」


ルイーズだと分かったらしく、モニカが出迎えてくれた。


「ごめんなさいね。帰って来た時に出迎えようと思っていたのに」

「いいえ、妊娠初期は気分も優れないことが多いと聞いているわ。無理しないで大丈夫」

「私が母になるなんて自分でも信じられないの」

「そういうものかもしれないわ。不思議なことですもの」


しばらくモニカと体調や父と兄のことについて話した。


「トリアから戻って当分はこちらにいられるのよね?」

「ええ。ごめんなさいね、妊娠中に騒がしくなってしまって」

「いいのよ。ルイーズがいた方が話し相手できて嬉しいし」


モニカはもともと身体が弱いのもあって、ほとんど屋敷で過ごしているようだった。


「話の相手にはならないかもしれないけれど、トリオのメンバーがここに滞在することになると思うの。彼は今、お父様とお兄様につかまって飲まされている最中よ。クレメンテというピアニストなの」

「ルイーズたちと組むくらいだから才能ある人なのでしょうね」

「逆よ。彼らは天才で私は凡人だわ」

「あらあら……。才能ある人は自分に厳しいと聞くわよ」


モニカが優しく微笑む。彼女の気遣いに兄が選んだ理由も自然と腑に落ちた。


「ありがとう。クレメンテはね、好きな曲をリクエストすると素晴らしい演奏をしてくれるの。今度、一緒に聴かせてもらいましょう」

「ええ。楽しみだわ」


モニカと和やかな時間を過ごしていたせいで、すっかりクレメンテのことを忘れていた。


父たちの元に行くと、皆、酔っぱらっていたのだった。


――2日後、レウルスは屋敷にやってきた。


「父に会って来た」

「ええ。状況はどう?」

「それが……思ったよりも父の様子が元気で驚いた」


父に聞いた感じではそんな雰囲気ではなかったと思うが、改善の兆しがあったのだろうか。


「身体自体の病というよりも、気からきていた病のようだ。オレがこちらにしばらくいると知って、みるみる元気になったんだ。兄貴が怒っていたな」

「あなたがメッツォにしばらくいることで安心なさったのかしら?」

「父の中では末っ子のオレはいつまでも小さい子のような気分らしい…。だから、ホッとしたんだろう。でも、父が本当に気に病んだのは、自身の人生について振り返っていたからだと思う」

「どういうこと?」

「トリアは音楽家の憧れの地だろ?父もトリアで学びたかったみたいなんだ。だけど、オレたちが生まれたから断念して……。オレがトリアに行っていたことで思い出したみたいだ」

「そうだったの……」


さまざまな理由で留学できない人がいる。留学だけが全てではないが、魅力的なのは確かだ。


「でも、気力が回復してきているから、体力も戻ってくれば大丈夫なのではないかと見ている」

「良かった……」


父たちにも状況を話すと、安心したようだった。


「それは良かったが、いずれにせよ、メッツォには留まるべきだ。こちらで腰を据えて活動してほしい。イザベラ夫人たちにはすでに話をつけてある」


父はやっと帰って来たルイーズを留めるために、いろいろと手を回してるようだった。


「レウルス、こちらで活動するとなれば、ヘンリー様に挨拶をしておきましょう」

「ああ。前回はとても世話になったことだしな。クレメンテも紹介しよう」


レウルスは一時、自分の父の容態が落ち着いたらすぐにトリアに戻りたいと言っていた。今一度、彼の考えを確認したくなった。


「……ねえ、レウルス、トリアでの活動に未練はないのよね?」

「ああ。もう、焦らないことにした。メッツォでも自分の名を挙げることができないわけじゃない」


彼の心は決まったようだった。でも、本当のところは父の書いた手紙のことを気にしているのだろうとは思っている。


父は、屋敷を訪ねて来たレウルスに冷たい態度をとることはなかったが、歓迎する態度でもなかった。でも、クレメンテが屋敷に滞在することになり、ルイーズの恋人であるレウルスも滞在させることにしたらしい。


「レウルスは実家に滞在した方が良かったのではないかしら?」

「いや、実家には通える距離だから」

「少し遠くない?」

「それでも大丈夫だ。トリアよりはずっと近い。それに……恋人の側にもいたい」


レウルスはそっとルイーズの手を握った。


「レウルス……」


正直に自分の気持ちを表すようになったレウルスに照れたルイーズであった。

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