電光石火の報せ

それは偶然だった。


レウルスは、たまたまルイーズの部屋に用事があって訪ねていた。


すると、ルイーズが身支度を整えている間だというので、部屋のソファで座って待っていてくれと言われた。


ジーナに案内されてルイーズの部屋のソファに座ると、机の上にある紙が風で今にも飛ばされそうになっている。


レウルスは窓を閉めようと立ち上がった。


窓を閉じると、飛ばされ足元へ落ちた紙が目に入る。


(これは……)


それは——手紙だった。


見る気はなかったが、見覚えのある字で思わず見てしまった。以前、ルイーズの父から渡された誓約書の文字と似ていたのだ。


短い文章だったから、すぐに読めた。


(……オレは、未だルイーズの相手にふさわしくないということか。当然だな)


かなり有名になったとはいえ、オーケストラとの共演などはまだである。優れた者には爵位を授けられることもあるが、そこまでには至らないだろう。


(やはり、このままメッツォに帰ったら、名を挙げることは難しくなる。とはいえ、父が……)


以前からこのことは悩んでいた。だが、なんだか情けなくてルイーズには相談できずにいた。


手紙を元に戻すとソファに戻る。悶々と考えていた。


「……レウルス、待たせてごめんなさい」


ルイーズがやって来ると、レウルスが顔を上げた。


「……なにか、悩んでいた?」

「どうしてそう思う?」

「そんな顔をしているわ。私、あなたのことを長く見てきたからなんとなく分かるの」

「そうか……」


ルイーズがきちんと自分を気にしてくれていたのだと思うと、悩んでいたことを打ち明けたくなった。


「実は……。父のことで一度、メッツォに戻ろうかと考えているんだ。ルイーズは……」

「私も戻るわ。レウルスのお父様のことが気になるし、私のお父様にも戻るように言われているから」

「そうなると、せっかく上に進学したのに休学することになるが……」

「構わないわ。新たにアンサンブルする人を探す気にもなれないし、あなたと離れたまま暮らすのは寂しいわ」

「そう言ってくれて正直、嬉しい」

「あと……クレメンテを放っておくのは気がかりだわ。彼もメッツォに連れて行ってもいいかしら?一緒に来てくれれば、ちゃんと面倒も見られるし――あ、面倒って、音楽の方よ?」


ルイーズが慌てて言う。


「分かってる。フルンゼもあるし、彼の活躍する場は作れると思う」


レウルスはルイーズと話したことで少し気楽にはなったが、手紙の内容を見た、とは言えずにいた。


(ルイーズの父に認められるためには本当はトリアに拠点を置いたままの方がいいのだろうが……)


父の容態が万が一、回復することがあれば、すぐにでも一人でトリアに戻って活動するのもいとわないという気持ちになっている。


(だが、そんなことをしたら、また、ルイーズに“ひとりよがり”だと怒られるのだろう。もうあんなすれ違いは起こしたくない)


一枚の手紙が、レウルスの焦りに拍車をかけていた。


――音楽院に休学届を出しに行った時、フローレンスたちと久しぶりに食堂でお茶をした。


「なんだか、こうしてお茶するのが懐かしい気がしちゃう。卒業してからまだ2ヶ月ほどだというのにね」


フローレンスは最近、音楽活動をしながら結婚式に向けて準備が忙しいようだった。コンラートは進学していたのもあって、共に時間がないようだ。


「僕もそう思う」


アードルフもバイオリンの勉強をしながら積極的にソロ活動もしているらしい。ヴィヴィアーヌをかいがいしく世話していた。


目の前の2組の恋人たちは手をつないで座っていた。


「メッツォにしばらく行くとなって、ルイーズたちに会えないのが寂しいよ」

「そう言ってもらえるのは嬉しいわ。落ち着いたら学校に籍もあることだし、また戻るつもりだけど」

「そうなら良かった。ギャエルたちもきっとそう思っているだろう」


ギャエルはオーケストラとの共演に向けた準備で忙しくしていた。今日は、リハーサルらしい。


「彼にも会いたかった。クレメンテなんて特にそうでしょう」


クレメンテは屋敷でメッツォに行く準備をしている。音楽院の仲間と会うといったら、自分はいいと遠慮された。


「それにしても、なんだか君たちはいろいろといつも問題が起こるね」


アードルフが他人事のように言う。


「お前がかつて問題を起こしたんだけどな」


レウルスはヴィヴィアーヌの前なので詳しくは言わなかったが、そこにいたヴィヴィアーヌ以外は皆、意味が分かっている。


「皆さん、気を使わなくても大丈夫よ。アードルフからルイーズさんとのことは聞いています」


ヴィヴィアーヌの言葉に、アードルフたち以外の者は冷や汗が出た。


「え……、話したの?」

「後から知るより、きちんと話した方が誠実だと思ったから。それに今はお互いに相手がいるから問題ない」

「まあ、そうだけれど」


居心地が悪いのはルイーズだけなのだろうかとレウルスを見ると、話の流れのキッカケを作ったレウルスは気まずそうにしていた。


「それに、私、あなたたちのことは本当に気にしていません。だって……ね?」


ヴィヴィアーヌがアードルフを見た。2人して微笑んでいる。


「ああ。言うのは、今が初めてなんだけど……。実は、ヴィヴィアーヌに子どもができたみたいなんだ」

「ええ~っ!?」


さすがに皆、驚いた。


「電光石火って、言葉がピッタリ」


フローレンスが思わずつぶやいたのだった。

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