寝ぼけたクレメンテが起こした騒動
レウルスの父であるサンス男爵は、バイオリニストとしてかつてボロゴ楽団に在籍していた人物である。
ボロゴ楽団は、クラシックから大衆音楽、国内外の音楽家との共演などかなり忙しく活動をしている人気楽団だ。
レウルスの父は体力があまりなかったらしく、レウルスたちが子どもの頃に引退したと彼から聞いた。
これは父から聞いた話だが、ボロゴは忙しいが給料もかなりもらえる楽団だという。だから、レウルスの父が引退してサンス男爵家の家計は厳しかったはずだと言われた。
レウルスの母もピアニストだったが、子育てと夫の面倒の両立はなかなか難しかったようだ。ちなみに、サンス男爵領はめぼしいものがなにも無い。
だから、レイニーもレウルスも自立できるようにたくましく育っていた。
(なんとかしたいけれど……)
父はルイーズの交際相手ということで、サンス男爵家を以前に増していろいろと調べていたから、かなり状況には詳しい。レウルスから聞く前に、彼の父の具合については手紙で知らされて知っていた。
そういうこともあって、レウルスから父の様子を見て来ると言われた時、すぐにメッツォに向かえるように手配をさせたのだった。
(レウルスは医者に任せたし、レイニーがいるから大丈夫だとは言ったけど、メッツォに戻った方がいいのでは……)
そう思うのだが、彼がどう考えているのかがまだ分からない。さらに上に進学すると決めたこともあるし、クレメンテとのトリオのこともあった。
………ある朝、またピアノ室の前を通りかかると、またメイドが扉の前で立ち尽くしていた。
「まさか、また……?」
「はい、そのようです」
メイドが困っていた。
ルイーズはレウルスの父の問題もあって悩んでいたから、大の大人であるクレメンテが自己管理もできないなんて、とカッとした。
「あなたはお風呂の用意をして来て!彼を起こすから!」
そう言うと、ルイーズは扉を開けてズカズカと部屋に入り込んだ。カーテンを開いて窓を開け放つ。
やっぱり、クレメンテは寝袋で寝ていた。だけど、今回はピアノの真横だ。
(ピアノの下じゃなければ、ここで寝ていいと思っているの!?)
クレメンテに寄ると、寝袋で眠る彼を揺すった。
「クレメンテ!もう朝よ!どうしてまたここで寝ているの!」
怒っていたから大きな声で言った。だけど、彼はなかなか起きようとしない。
「もう、起きてってば!」
ルイーズは彼の顔を両手で挟むと、グイとこちらに向けさせた。
「う~ん、おはよう」
ようやく、彼が目を開けた。
「もう、いい大人なのに!どうしてこんな所で寝るの?私、きちんとあなたの部屋を用意しているでしょう!」
彼の腕が伸びてきて両腕を掴まれた。バランスを崩して彼の上に倒れ込む。
「ちょっと!」
彼との距離が異様に近い。
彼のあご部分に自分の額がくっ付いていた。
「離して!」
「こうやって起こされるのはイヤじゃないんだ」
「はい?なんですって?」
クレメンテはそのままルイーズを抱え込むとまるで犬か猫かのようにルイーズの頭を撫でている。
「離して!私は犬じゃないわ」
ルイーズは起き上がろうとするが、彼の腕の力は思ったよりも強くてビクともしなかった。
「ちょっとだけだから。僕の亡くなった母みたいだなと思って」
「え……」
(亡くなった母……?そんな言われ方をしたら怒るに怒れなくなるわ……)
大人しくなったルイーズの背中を、目を閉じたクレメンテがポンポンと叩き続ける。
彼の心臓は穏やかな音を立てていた。
彼にやましい気持ちがないのだと分かると、されるがままじっとする。
(仕方ない……。少しだけこうしているわ)
と思ったが、冷ややかな声がした。
「なにをしている……!」
レウルスだった。
ハッとして起き上がる。もう、腕には力が込められていなかった。
「どうしてこんなことになっている?」
「……クレメンテが寝ぼけていただけだわ」
クレメンテは、ぼうっとしていたが事態を把握すると飛び起きた。
「ごめん!!寝ぼけてとんでもないことをしてしまった!!」
クレメンテは土下座する勢いで謝っている。
「お前、やっていいことと、そうでないことがあるぞ。……次は絶対にない。今後はルイーズと2人きりで接触するな。練習もオレがいる時だけだ」
一気に雰囲気が悪くなる。
「ルイーズ行くぞ。……お前はさっさと身だしなみを整えろ」
レウルスはルイーズの腕を掴むと、部屋を出る。
「どうして抵抗しなかった?」
「抵抗したわ。だけど、彼は……」
「ちょっと話そう」
朝食の準備ができているというのに、レウルスはルイーズを練習室の方へと連れて行く。
練習室に入ると彼は扉を閉めた。練習室は防音加工がされているからここを選んだのだろう。
(私を厳しく叱るつもりなのね)
レウルスが近づいてきた。ひどく怒られるのかと、思わず身構えた。
「……オレはルイーズが恐れるようなことはなにもしない。そんなことをしようとも思わない」
自分を恐れているような仕草を見せられたことがショックだったようだ。
「防音室に連れて来られたから、かなり叱るつもりかと思ったの」
「オレは恐れられるようなことは決してしない。怖がらないでくれ」
レウルスはそう言うと、ルイーズを抱きしめたのだった。
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