ピアノの下の天才と新たな問題

ルイーズは、ある思いに悩まされていた。


(レウルス、クレメンテという2人の天才がいて、私には一体なにができるのかしら)


時々、才能の違いで悩むのだ。


特別賞と銅賞を受賞した後に受けたコンクールでは、思うように演奏できていない。


(入賞はまぐれだったのかしら……)


時折、ひどく弱気になった。


人前で演奏するのは好きだが、自分のためだけの演奏となると、あまり気持ちが乗らないところがある。


(そんなふうではダメだと分かっているのに)


レウルスにそんな悩みについて話したことがあるが、彼には“地道にやり続けることが大事で、才能なんて関係ない”と言われた。


(“自分には才能がない”だなんて。彼は才能の塊だわ。天才には凡人の気持ちがなかなか分からないのだわ)


妙にいじけた気持ちになった。


クレメンテにおいても、彼は自分自身を天才だとは露ほどにも思っていないようだ。


「ふぅ……」


屋敷の廊下を歩いていると、ピアノ室の前にさしかかる。


メイドがドアの前でまごまごしていた。


「どうしたの?」

「あ、おはようございます。……実は、こちらのお部屋にクレメンテ様がこもられていて、掃除をどうしようかと」

「こもっている?また、彼は部屋ではなくここで寝泊まりしているの?」

「はい、どうもそのようなのです。お部屋の方へは戻られた気配がありません」

「もう、クレメンテは……」


クレメンテの方が年上であるが、こうも手がかかるところがあると、自分の方が年上なような気持ちになって面倒を見なくては!と思ってしまう。


扉をノックしたが返事がない。少し迷った末、“もう……”と小さく声を漏らしながら、ルイーズはドアを押し開けた。


すると、部屋は換気もしていないのか空気が淀んでいる。メイドがすぐさま窓を開けて風を通した。


当の本人はどこだろうと探すと、彼はなんとピアノの下で寝袋に入って寝ていた。


「ピアノの下で眠るなんて信じられない!」


ルイーズは、クレメンテの側に寄ると彼を揺り起こした。


「クレメンテ起きて!あなた、こんなところで眠るなんてどうかしているわ!」

「う~ん……」

「起きてってば!ピアノが万が一崩れたりでもしたら、あなたは下敷きになってしまうわ!一体なにを考えているの!」


ルイーズが怒って言うと、ようやくクレメンテが起きた。


「おはよう……。ピアノは頑丈だから大丈夫だよ。この下で眠ると守られている感じがするんだ」

「絶対ダメ!あなたがなんと言おうと絶対にダメ!危ないわ」

「分かったよ」


クレメンテは寝袋から出ると、ボサボサの頭をかいている。


「お風呂の用意をさせるわ。……もう、本当にあなたって目が離せない人ね」


プリプリしてルイーズが言うと、クレメンテがなんだか笑っている。


「どうして笑っているの?私は怒っているのよ!」

「僕のことを、そんなふうに心配してくれる人がいるのがなんだか嬉しくて」

「え?」


予想しないことを言われて驚く。


「……怒られて嬉しいだなんて。早くお風呂に入ってサッパリしてきて」

「うん」


クレメンテを部屋から追い出すと、メイドを数人呼んで部屋をキレイにさせた。


「ふう、本当に信じられないことをする人ね」


(それにしても、怒られて嬉しいってどういうこと?彼はあまり両親の愛情に恵まれなかったとか?)


彼の育った環境が気になった。彼は平民だから、音楽を続けるのも大変だったはずだ。自分が知らない苦労をたくさん経験しているのかもしれなかった。


………クレメンテがお風呂から上がり朝食を共にとっていたところに、しばらく実家に戻っていたレウルスが戻ってきた。


「クレメンテ、なんだか、こざっぱりしているな」

「ああ。お風呂に入れって言われてね。ハハ……」

「彼、また練習室で寝泊まりしていたのよ」


ルイーズがジロリとクレメンテをにらむと、彼が苦笑いをしている。


「こいつの面倒をルイーズが見ていたのか?」

「面倒を見るというほどではないわ。朝、メイドが困っているところに出くわしたの。掃除ができないって」


レウルスがクレメンテに言う。


「お前は、きちんと部屋で寝ろよ」

「面目ない」

「ホントに気を付けてね。……それよりも、レウルスのお父様のご様子はどうだったの?」


レウルスの父の具合があまり良くないという知らせが届いて、彼はしばらくメッツォに戻っていたのだ。レイニーも頻繁に父の様子を伺いに行っているらしい。


「あまり良いとは言えないが……。医者を探して頼んできたから少しは安心できる」

「そうなのね。我が家の医師も向かわせるように父に頼むわ」

「……すまない」


(レウルスの父にもしものことがあったら……。レイニーが男爵になるのよね。でも、レウルスは……)


ようやく、3人での活動を……という時に、新たな問題が起きていたのだった。

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