思わず魅了される超絶技巧の彼
ルイーズの屋敷にレウルスとクレメンテが住むようになって2週間が経つ。
試験や卒業演奏会を挟んでいたから、本格的に3人で同じ目標に向かって練習をしていくのはこれからである。
クレメンテは、ルイーズたちが試験や卒業演奏会の間、ピアノの置かれた部屋で寝泊まりしていたらしい。
「クレメンテ、部屋できちんと眠った方がいいわ」
「集中するとついね。それに、ピアノの側で眠れば、起きた瞬間にすぐにピアノが弾けるだろう」
屋敷にあるピアノ室は防音加工がされている。屋敷が広いのもあって、彼がそんな生活をしているとは思わず驚いた。どうりで、彼を食事の時に見ないこともあったわけだ。
「ギャエルの言うように、あなたは本当にピアノに熱心ね」
今は、居間で休憩中だった。ちょうど居間を通りがかったので一緒にお茶をしていた。
「ところで、レウルスは?」
「音楽院よ。資料に不備があったみたい」
「手続き、ルイーズが手伝うとか話してなかった?」
「そうなのだけど、音楽院入学時にレウルスの手続きも全部こっちでやってしまったのを、まだ気にしてたみたいで」
彼がトリア語でもう困ることはないが、不慣れな書類手続きに手間取っているようだ。
「というわけで、少し時間もあるし、あなたの超絶技巧だというピアノを聴いてみたいわ」
「そうなんだ。僕はお世話になっている身だし、いつでも弾くよ」
というわけで、ピアノのある部屋へと移動すると、ルイーズはピアノ近くのイスに座る。
「なにを弾こう?」
「なんでもいいの?協奏曲メドレーと愛をテーマにしたメドレーはどう?」
「了解」
クレメンテはピアノに向かうと、初めから手元が釘付けになるような演奏を始めた。
クラシックでありながら正統派過ぎず、独自のアレンジを加えられている。曲と曲のつながりも抜群にいい。
特に、両手での速弾きやオクターブのグリッサンドも素晴らしくて、彼の超絶技巧がいいと言ったギャエルの言葉がよく分かる。
ちなみに、オクターブとはドからド、レからレというように半音を含めた12鍵盤を指しており、グリッサンドは連続して演奏することを言う。クレメンテはこの2つを高速で難なく弾けるスゴイ人だった。
(クレメンテは技術力もあるし、感傷的な演奏から盛り上がる演奏まで対応できるのが素晴らしいわ!)
自分がドキドキしているのに気付いた。
ピアノ科の学生は音楽院にもたくさんいたが、彼らの弾く正統派なクラシックとはまた違った。
(ディーターが彼の演奏を聴いたら、興奮したでしょうね)
ディーターは卒業後、以前から作曲や編曲を頼まれていた劇場の音楽担当として働いている。クレメンテのような演奏者を見たら絶賛したはずだ。
演奏が終わると、クレメンテに尋ねた。
「ねえ、クレメンテは音楽院を卒業した後はどう過ごしていたの?」
「作曲とか、三重奏のピアノの助っ人とか、いろいろだよ」
実力があるのに、自分が表に出るようなことはしていなかったらしい。
「ギャエルとは違って、僕は目立つものがこれと言ってなかったからね」
「そんなことはないわ! 私、多くのピアニストを見てきたけれど、あなたのピアノは人を夢中にさせる魅力がある!ずっと聴いていたいぐらいよ」
クラシカルだけではない大衆的な音楽も取り入れた曲の構成は、彼のセンスがあるからこそだろう。
「そんなに褒めてもらえると嬉しいな」
クレメンテが照れた様子で頭をかいていた。
「あなたは、もっと表に出て行った方がいい人だわ。とはいえ、トリオを組んだのだからひとまずは私たちと活動を共にしてもらいたいけれど」
「トリオの活動はもちろんするよ。だけど、君にそこまで褒められると、明るい未来が待っているような気がするな」
「ええ。きっとあなたはもっと有名になるわ」
「そんな.....へへ」
(彼はレウルス以来の惹かれるものを持つ人だわ。音楽的にだけど)
すっかり魅了されたルイーズは、さらに曲をリクエストして感嘆していた。
「ここにいたのか」
レウルスが帰ってきた。
「お帰りなさい。クレメンテってば本当にスゴイの!!」
興奮してクレメンテのことを伝えた。身振り手振りで彼がいかにスゴイのかを伝える。
「オレもクレメンテのピアノはすごくいいと思うよ」
レウルスがついでにイザベラ夫人の所に寄って受け取ったという楽譜を渡す。
「新しい曲がたくさんあるわね。しばらくまた忙しくなりそう」
クレメンテもさっそく楽譜を広げると練習を始めた。しばらくは個人練習になりそうだ。
ルイーズはレウルスと共に部屋を出ると、バイオリンとチェロ用に新しく作った練習室へと向かう。
「...彼って本当にスゴイわ!彼の演奏を聴いているとドキドキして夢中になってしまうの。あんなに才能がある人が埋もれてしまっているなんて信じられないわ」
「ルイーズ、ストップ」
「どうしたの?」
レウルスを見ると、彼の眉間にはシワが寄っている。
「やつを褒めすぎだ。確かにあいつはスゴイ。だけど、興奮し過ぎだろう」
「だって彼は......」
レウルスに口をつままれた。痛くはない。
「んぐっ」
「ほかの男を褒めすぎるのはどうなのかな」
(ああ.......嫉妬しているのね)
口から手が離される。
「....私は音楽的に興味を抱いているだけよ」
「だが、あまりいい気分ではない。ルイーズはオレのチェロに惹かれたと言っていただろう?」
「正確には、あなたのチェロを弾く姿に惹かれたのだわ。もちろん、あなたのチェロも好きよ」
ルイーズの言葉にレウルスは照れたような表情をする。
「そうストレートに言われると........嬉しいな」
少し機嫌が直ったレウルスは、練習室までルイーズの手を握っていたのだった。
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