屋敷住まいのお誘い
クレメンテの住んでいる地域はトリアの中でも犯罪が起きやすい場所である。
レウルスも心配して彼の住んでいる所を訪ねてみれば、昼間でも酔っ払いが道をウロウロしているような場所だったという。
「僕は眠ることができればいいからさ」
クレメンテは大して気にした様子もなく言う。
「ピアノがなくてどう練習するつもりなんだよ」
「借りてるよ。メッツォに行くためにピアノは売ってしまったから」
「ピアニストがピアノのないところに住むなんてあり得ない。イザベラ夫人はなんて言ってる?」
「多分、僕の環境をよく知らないと思う。なんだか彼らは忙しそうだ」
クレメンテの答えにレウルスはタメ息をついた。
「まったく。お前はトリアに戻ってからのことを考えずに、よく戻って来たな」
「なんとなく考えていたよ。仕事をもらって部屋を借りて、ピアノも購入するつもりだった」
「そういうのを楽観的な行き当たりばったりと言うんだ」
クレメンテはかなりズボラなのだなと、話を聞いていたレウルスとルイーズは思った。
「そういうことならば、クレメンテは私の屋敷に住めばいいのではないかしら?ピアノもあるし」
ルイーズの父はピアノも用意してくれていた。ルイーズはバイオリンほどではないが、ピアノも弾くことができる。
「え、僕がルイーズの屋敷に住むだって?」
「ええ。練習するのにもちょうどいいし。ただ、気になるのは私の屋敷に男性を住まわせるということかしら。良くないことを言う人もいるでしょうし」
「それはそうだ。オレはいいとは思わない。商業的なことが絡むなら、夫人たちにきちんと場所を用意させるべきだと思う」
ルイーズの屋敷にクレメンテを置く案を聞いて、レウルスが反対している。
「なんだか、2人ともすまない……しっかりしていないばかりに、迷惑をかけているね」
クレメンテはポリポリと頭をかいている。
彼は、ルイーズの1歳年上であり、レウルスの2歳年下である。ルイーズにとっては年上であっても手のかかる人、レウルスにとっては面倒を見なくてはならない気になる弟みたいな認識になりつつあった。
「とりあえず、オレがイザベラ夫人たちに詳細を確認する」
積極的に動かないクレメンテに痺れを切らしたレウルスがちゃきちゃきと動いたのだった。
「……物件とピアノはしばらく時間がかかるそうだ」
「ならば、私の屋敷でやはり暮らすのがいいわね」
「え、でも、世間的に良くないだろう?ルイーズだって気にしていた」
クレメンテがしきりに気にしている。
「そうではあるけれど、よく考えたら今さらだなと思ったの」
「ルイーズ、オレは反対だ」
レウルスは変わらず、頑なに反対する。
「では、こうしたらどうかしら?レウルスもここに住むのよ。新トリオのために合宿している感じかしら?きちんとした理由があるならば、あなたたちの存在が知られたとしても、そこまでおかしなことを言われないはずよ」
「オレも住むのか……」
ルイーズの提案に心が揺れたらしいレウルスが前向きに考え始めたようだ。
「そういうことならば、そうしよう。ただし、屋敷で暮らす間は演奏のことをしっかりと考えていく。なあなあにはしない」
レウルスが急に仕切り出した。
(レウルスって案外、ちゃっかりしているのね)
「レウルスがそう言うなら、お言葉に甘えることにしようかな。ピアノもあるし、最高の環境だ」
「そうとなれば.......」
レウルスは、クレメンテに荷物を取って来るように指示すると、自分も必要な物を取りにサッサと寮へと向かう。
(ここにレウルスもクレメンテも住むことになるなんて。お父様に言ったら怒られるかしら??)
ルイーズがジーナたちには理由をきちんと話したのもあって、反対はされなかった。後で、父にもしっかりと手紙を書くつもりだ。
レウルスが寮から荷物を持って戻って来た。
彼は、まわりに人目がないのを確認すると、ルイーズにキスをする。
「レウルス、
「う……。仕方ない」
トリオは人間関係のバランスが大事である。クレメンテの居心地が悪くなるのは良くないと思えた。
……そんな間にも、卒業試験が近づいていた。
教師と共に試験に向けて準備してきたから心配はしていないが、楽曲の解釈も書き上げることも求められていたので、黙々と作業する日が続いている。
レウルスとクレメンテたちとは食事の時に顔を合わせるが、それぞれにやることがあるから、ゆっくりと話すヒマもあまりなかった。
クレメンテもクレメンテで、なにやら作曲しているらしい。
(あ、目元がピクピクしているわ……)
このところ、神経を使うことが多いせいか、目元が痙攣することがある。疲れているのだと思って、休憩しようと庭に出た。ベンチに座ってボーっとする。
「ルイーズ」
レウルスだった。
「レウルス、そちらは順調?」
「まあ。ルイーズは?疲れた顔をしているが」
彼はすぐにルイーズの疲れに気付いたようである。隣に座ると、ルイーズの手を握ってきた。
「これくらいならいだろ」
先手を打つように言う。
「ええ。だけど、クレメンテがいない時だけよ。彼に気を使わせたくない」
「あいつ、1日ピアノを弾いてるな。大した集中力だ。音楽院も飛び級で卒業したようだし、優秀な成績も取っていたらしいな」
「でしょうね。彼のピアノってスゴイもの。なのに、なぜ、彼は今まであまり知られていなかったのかしら......」
2人共、口には出さなかったが、きっと彼が平民だからだろうと思ったのだった。
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