スタンディングオベーションの高揚

全ての演奏が終わった。


観客席を見ると、ほとんどの人が席を立ち上がり拍手していた。


(すごい……)


ルイーズは感激して思わず目に涙が浮かんだ。止めたいのに涙が頬を伝う。


(泣いている場合じゃないのに......)


ルイーズは焦ったが、感極まった彼女の涙は好意的に受け取られた。


「おい、まだ泣くのは早いぜ。アンコールがまだだ」


ギャエルはルイーズの手を取ると、舞台袖に引っ張っていく。レウルスも礼をすると、急いで舞台袖に戻る。


「おい、そんな風に引っ張って行ったら、お前がルイーズをさらっているように見える」

「涙を拭くには仕方ないだろ。それにまだ終わっちゃいない」


ギャエルはポケットからハンカチを取り出すと、ルイーズの目元に当てた。意外にもメイクが崩れないように繊細な手つきだった。ハンカチもきちんと手入れされているいい香りがした。


「ギャエル、ありがとう。私、感極まってしまって」

「最後までやり切ろうぜ」

「ええ」


レウルスは口を挟まず黙って見ていた。ここはギャエルに任せたらしい。


アンコールの拍手が鳴り響く中、再び3人で登場すると拍手が大きくなった。


ギャエルの案で用意していたクラシカルな曲ではなく、歌劇の人気曲を弾いた。特徴的な旋律が観客を惹きつけているのが分かった。


………凱旋公演は大成功を収めた。


楽屋に戻ると、ヘンリーとリリアンがいた。父と兄の姿もある。そして、なんとアードルフの姿もあった。彼は花束を持っていてルイーズを見ると、満面の笑みで花束を渡してくれた。


「アードルフ、ありがとう。演奏会に間に合ったのね」

「もちろんだよ。ルイーズの夢だったんだろ?観ないワケにいかない。後で君の父上にもきちんとご挨拶させて頂くことになっている」

「おい君は……」


ヘンリーがなにか言いかけたが、リリアンに腕を掴まれヘンリーは黙った。


「リリアン様、お久しぶりです。お元気でしたか?」

「元気よ。ちょっとだけ兄の子どもに会いに行っていたのだけど、ヘンリー様の様子が気になってすぐに帰って来たの。あなたの演奏を観られてまあ良かったわ」

「どうでしたか?私たちの演奏は」

「まあまあ良かったと思うわ」

「リリアン、そこは“良かった”と、言えばいいだろう?」


ヘンリーがリリアンを諭すのを見て驚いた。


(本当に成長したのね.......)


「ルイーズ、なんとなくお前の考えていることが分かるぞ」


ヘンリーに言われてドキリとする。


「え、そうでしたか?」

「敬語じゃなくていい。オレたちは“親友”なのだから」


ヘンリーの言葉に今度はアードルフがズイと出て来た。


「親友ですか?」

「そうだ。ルイーズとオレは“親友”になった」

「いつの間に!?」


リリアンが声を上げた。


「私がちょっとばかり国に帰っていた間に、ヘンリー様はルイーズと仲良くしていたの!?」

「仲良くなったから親友になったんだ」

「ちょっと、ヘンリー様!もう少し丁寧に説明しないと!」


ヘンリーが妙な言い方をするから、リリアンが怒っている。


「ルイーズ、後でオレにも説明してくれ」


レウルスまで話に入ってきてややこしくなる。


「ヘンリー王子と“親友”というならば、僕とも“親友”だよね?」


アードルフも詰め寄ってくる。


「そ、そういうことになるわね。もう、それよりも皆、演奏会の感想を聴かせてちょうだい!」


彼らは一同に“良かった”と言ってくれた。


(とても簡単な言葉だけど、本心よね)


彼らの表情を見ると、言葉は少なくても本気で褒められているのだと分かった。


皆と別れると、ルイーズたちはイザベラ夫人たちと次の演奏会の打ち合わせをした。


今回の演奏会が成功したおかげで、次回の演奏会も開催したいと考え始めたようだ。


「メッツォでの演奏会はまだ続くわ。あとは地方都市だけど、しっかりとやって頂戴!」


夫人とマヌエル氏はホクホクした顔で言っていた。


.........ようやく、夜になってやっと解放されると、流れでアードルフとギャエル、レウルスを連れて屋敷へと戻った。


「レウルス君もギャエル君も、次の都市に出発するまで我が家にいればいい」


アードルフがこれを聞いて反応した。


「僕もフルンゼ楽団に興味がありますし、しばらくこちらに滞在させて頂いても宜しいでしょうか?」

「ああ。君とも話したいことはあるし、もちろん」


その夜、男性たちは酒を飲みながら長々と話していたようだ。ギャエルだけは早々に休んだようだが。


翌日の朝は、再び目の下にクマをつくった男性陣が朝食の場にいたのだった。


「全く懲りないんだから」

「ルイーズ、おはよう~」


酒に強いアードルフだけはピンピンしていた。


「アードルフとギャエルだけはまともね。レウルスは……練習、今日できそう?」

「なんとか……今日の午後までには体調を戻す」


プロの意地は感じるが、苦しそうだ。


「お父様とお兄様、とってもお酒臭いわ」


濃いめのコーヒーが運ばれてくる。


父たちは言葉少なく食事を終えると、城へと向かった。


「ルイーズ、レウルスはまだ使い物にならないから、庭でも散歩しようよ」


レウルスはまだ足元がおぼつかないのもあって、強制的に休んでもらっている。


(屋敷の庭だし、散歩ぐらいいいわよね)


アードルフと庭へと出た。バラがキレイに咲いている。


「ルイーズの好きなバラがたくさん咲いているね」

「お父様が植えて下さったのよ。美しいでしょう?」


アードルフと2人して実家の庭を歩いているなんて、不思議な気持ちになる。


「ルイーズ、昨晩、僕の過ちについて君の父上と兄君に話して謝罪をしたんだ」

「......正直に話したのね。お父様たちはお怒りになったでしょう?わざわざ話さなくてもよかったのに」

「心から謝罪することで、君と少しでも縁があればいいと思っているから、きちんとしたかったんだ」

「アードルフ……」


アードルフは愛を欲している人だ。


「.......先のことは誰にも分からないけれど、きっと自然になるようになると思うの」

「それは、前向きに捉えていいということかな?」

「誰にも先のことは分からない、という意味よ。誰も未来は予想できないわ」


アードルフが胸を抑える。


「あの、それは僕の過ちについても言っているよね?ルイーズはまさか、あんなことが起きるとは思わなかったはずだ。本当にごめん……」

「そういうことを言いたかったんじゃないけど......。なんて言ったらいいのかしら。これからのことに対して言ったつもりだわ」

「大丈夫、なんとなく分かるよ」


うまい言葉が見つからなかったが、アードルフにはまだまだ広い世界があると伝えたかった。


「そういえば……いつかアードルフは私に曲を作ってくれると言っていたわね」

「……そうだった。作るよ。それで今度、僕と……」

「ルイーズ!頭痛は直った。練習をしよう!」


いつの間にか、近くに来ていたレウルスがしかめっ面で立っていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る