念願のメッツォ凱旋公演

イザベラ夫人の耳元にはダイヤが輝いていた。


「うふふ、メッツォは良いデザインのアクセサリーが売られているわね。ありがとう、マヌエル」

「ふふ」


練習場に夫人とマヌエル氏が来て様子を見ているが、彼らのイチャつく姿が目についた。


「あんたらが視界に入ってジャマなんだが」


ついにギャエルが言った。


「失礼。いやあメッツォはなかなかいい国だからね、つい」


マヌエル氏と夫人は、ルイーズたちの様子を確認すると引き上げていった。


「はあ、やっと集中できるぜ」

「集中できてなかったのか?」


レウルスがからかうように言うと、ギャエルが牙をむく。


「んなワケねえだろ。だが、ジャマだった」

「彼らに大胆な態度をとるのは、あなただからこそね」

「オレは音楽にマジメなだけだぜ」

「そうね」


練習は、テンポや表現など念入りに確認をして終えた。


...........そうした日を幾度か繰り返した後、ついにメッツォでの凱旋公演が開催される日となった。


“親友”になったヘンリーが積極的に宣伝してくれたのもあって、チケットは売り切れているそうだ。


「チケット完売したってな。スゲー」

「あなたたちの実力のおかげだわ」


ルイーズは2人にそう言ったものの、本当のところはヘンリーの元婚約者である自分が留学までしてどれくらいの実力を身につけたのかを見てやろう、という者が多いのだろうと考えていた。


(アードルフと付き合っていたことも話題になっただろうし)


純粋に音楽に興味を持って来場してくれるわけではないと思うと悔しい。


(絶対に、絶対に、認められてやるわ)


ひそかに奮起していると、肩に手を置かれた。


「肩に力が入っている。気負い過ぎるといい演奏はできないぞ」

「レウルス……」


振り向くと、眉をひそめるでもなく微笑むでもない表情をしたレウルスがいた。


「レウルスも緊張している?なんとなくそんな顔をしているわ」

「ああ、緊張している。だが、ただ、音楽と対話するだけに集中しようと思ってる。こういう時はいろいろと考えるのではなく、シンプルなのが一番いい」


レウルスは、金賞を2回も連続で受賞している。説得力があった。


「そうね。余計な考えは音にも表れるわよね。でも……」


ルイーズはレウルスに向き直る。


「レウルスが元気づけてくれたら、安心できるわ」


彼を見つめながら言う。果たしてレウルスに意図が伝わるだろうか?


レウルスが苦笑した。そのまま静かに顔が近づいてくる。......きちんと通じたようだ。


ルイーズは目を閉じた。


「......おいおい、ここでそういうことをするなって」


控室に入って来たギャエルが言う。すっかり2人きりだと思って油断していた。


「ご、ごめんなさい」


ギャエルには自分たちの関係を話していなかった。焦る。


「あのね、私たちはその……」

「オレたちは公表していないが、恋人なんだ」

「わーってるよ。側にいりゃ、なんとなく分かる。まわりに言わないのはなんか理由があるんだろ。めんどくせー」

「ああ。今は純粋に音楽の実力を評価して欲しいからな。控えているんだ」

「なんでもいいけど。演奏に影響しなきゃ」

「そこは安心しろ」


ギャエルは人の事情にあまり関わろうとしないタイプだ。彼に感謝した。


舞台袖に来ると、客席が人で埋め尽くされているのがはっきりと見えた。思わず足が止まり、鳥肌が立つ。


「すごい人……」

「オレたちの演奏を見せつけよう」

「おい、お前ら、手を出せ」


ギャエルが手を前に差し出すように言う。ルイーズたちが手を出すと、ギャエルは自分の手の上に重ねていく。


「よし、やるぞ」


ギャエルの手のひらの上に、三人の手が重なる。


「絶対に成功させる。オレたちは——無敵だ!」

「おう!」

「ええ!」


ギャエルの言葉には不思議と力があった。


舞台に出ると、拍手が鳴り響く。ルイーズはニッコリと微笑んだ。レウルスも表情は硬めだが、微笑んでいた。ギャエルだけは、背中をやや丸めながらバイオリンを片手に持って観客の方をニコリともせず見ていた。


(ギャエルったら、戦いを挑むみたい)


ギャエルがバイオリンを構えると、ルイーズたちも楽器を構える。


(私たちは最強よ)


最初の曲は、メッツォに流れる川を称えた曲で、メッツォの国民なら誰もが誇りに思っている曲だ。


これは、ルイーズたちの意向でイザベラ夫人たちがセットリストに組み込んだ曲だった。


1番前の座席の貴婦人が目元にハンカチを当てているのが見えた。


(感動してくれている……)


ルイーズもジーンとした。


続く曲は、イザベラ夫人たちが演奏させたがっていた“愛”をテーマにした楽曲が続いた。


ギャエルは実に見事な情緒深い演奏をしていた。普段、オラついている彼からは想像できないほどの甘美な調べだ。


やがて歌劇の有名な曲になると、ギャエルが勢いづいた。


鋭い目線をこちらに送ってくる。


(あれをやるつもりね)


それまでの比較的おとなしい様子だったギャエルが、バイオリンと身体を大きく動かしながらペースの早い曲を奏でていく。


ノリが良い曲なので、観客たちの身体も自ずと揺れてくるのが分かった。


(楽しい)


ルイーズもバイオリンと身体と一体になって動きながら演奏する。特に細かく弦を動かすところは、リズミカルに身体が揺れる。


気付くと大喝采を浴びていたのだった。

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