本当の仲直り

「アードルフも卒業、おめでとう」


卒業式に出席すればアードルフに会うことも分かっていた。むしろ、分かっていて出席したのはある。


「ありがとう」

「顔色がだいぶ良くなったみたい。前回、会った時はすごく疲れていたみたいだから」

「ああ。あの時はとても迷惑をかけたね。レウルスに叱られたしな。あいつは?」

「午後の練習には来るはずだわ」

「そうか」


後ろをチラリと見ると、フローレンスとコンラートが“積る話もあるでしょう?”なんて言って、ベンチの方を指さしていた。


(気マズイまま卒業させるのではなくきちんと話し合え、という意味ね?)


フローレンスたちの気遣いが嬉しい。


「あー、良かったら少しそこのベンチで話さないかい?」


アードルフも話すことを望んでいるようだ。


「ええ、もちろんいいわ」


彼と音楽院のベンチに並んで座るのが久しぶり過ぎて、変な感じがした。


(以前は当たり前のように並んで座っていたのに、今はしっくりこないわ)


「ルイーズ、その節はすまなかった。あれから僕はいろいろと考えて、エレオーラたちとはやはり別れて別々の道を歩むことになったんだ」

「……そうだったのね。残念だわ」

「残念なのかな.......。僕はね、何度も間違えてようやく学んだよ。“同情”と“愛”は違うのだと。学ぶには大きな代償があったけれど」


アードルフがルイーズを見る。


「私とも最初は同情からだったわね。……同情から始まった関係は、やっぱり長くは続かないものなのね」

「同情……なんかじゃなかったよ。君はあの時も今もとても魅力的な人だ」


アードルフが真面目に言うから、ルイーズは思わずドキリとした。


「あなたは、間違えた分、これからきっといい恋ができるわ」

「君は優しいね。そんな君に僕はいつだって助けられていたんだ」

「助けられていたのは私よ。あなたはいつも私をリードしてくれていたわ。バイオリンも、そのほかのことも.....。本当に感謝してるの」

「.......優しい人は自分の優しさに気付かないのかな?話していると、君の優しさが身に染みるよ。過ぎた時間を取り戻せないことが、どうしても悔やまれるな」


悲しそうな顔でアードルフが言う。


「……卒業したらこれからどうするの?」


話を変えようと思って、これからのことを聞いてみた。


「バイオリンを頑張る。かつてはコンクールで評価されていたのに、油断していたらあっという間に僕の名前は忘れられた。そのままでは悔しいからね。上に進学しようと思っている」

「応援しているわ」

「......ルイーズ、1つ聞いていい?」


悲しそうな顔をしていたアードルフが急にイタズラめいた表情をした。恋人の時に見た以来の表情だった。


「なに?」

「レウルスとは恋人にならないの?」

「え.....どうしてそんなことを聞くの?」

「あいつはルイーズを愛している、と言っていた。君も彼を尊敬していたから、てっきり付き合うことになるのかと思っていた。けれど、君たちが付き合っているという話は聞こえてこない」

「……私は“恋多き女”と言われているわ。だから、今は誰とも付き合わない方が良いの」


かつての恋人の前で話す話としては、かなり気を使う話だ。


「それでいいの?」

「……私自身の評判を気にしているのもあるけれど、有望なレウルスの足を引っ張りたくないわ」

「そんなことを気にかけるほど、レウルスを大事に思っているんだね」

「さあ……」


真面目に答えることに後ろめたさと恥ずかしさを感じて濁した。


「僕は、もっと思いやりのあるイイ男にならなくちゃ、と思っているんだ。本当に大事なものを守れるような頼りがいのある男に。.........もしも、僕がきちんとした男になれたら、またチャンスをくれない?」

「え?」


アードルフを見ると、彼は真剣な顔をしていた。彼はルイーズの驚いた顔を見ると、笑顔になる。


「ゴメン、こんなことを言ったらビックリさせるよね」

「ええと、冗談だったのかしら…? 驚いたわ」

「冗談じゃないかもよ? ……いつか本気で言えるくらいの男になれたらいいな。僕は変わるよ。見てて。バイオリンも恋も、全部」


アードルフは明るい顔をしていた。


彼がどう考えているかは本当のところは分からないが、明るい顔をしているならそれでいいと思えた。


「私たち、本当に仲直りできたということでいいのかしら?」

「ああ。卒業前にルイーズときちんと話せてスッキリできた」

「私もよ。あなたとはまたこうして話せる仲になりたかったわ。音楽院で会えなくなるのは少し寂しくなるわね」

「寂しいと思ってもらえるなんて嬉し……」

「いつまで話しているんだ?」


急に話に割り込んできたのはレウルスだった。


「お前も来たのか」

「当たり前だ」

「いつから話を聞いていたの?」

「さあ?オレはルイーズを特に会話は聞いていないな」


“信じている”というところを強調して言うあたり、アードルフへの当てつけらしい。


「お前、意地が悪いよ。そんなことをしていたらルイーズに呆れられるぞ」

「呆れられたお前に言われたくない。お前はひどかった」

「レウルス、掘り返さないで!平和に仲直りできたんだから」

「そうだ、そうだ!油断していると痛い目をみるぞ」


かつてよくしていた、わちゃわちゃしたやりとりになっている。


(こんなやりとりも懐かしいわ)


アードルフとコンラートは無事に卒業していったのだった。


.............数週間後、フローレンスに誘われて久しぶりの飲み会をしていた。


「ねえ、このお店って……」


気になっていることを言うと、フローレンスが口を開いた。


「そう、アードルフ兄の経営するお店だよ」


フローレンスたちもすっかり、アードルフと以前の親密な関係を取り戻していた。


「そう、僕のお店だ。というわけで僕も参加するよ。いいよね?」


アードルフは以前のように仲間たちに交じってワイワイとするようになったのであった。

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