噂と旋律と三重奏のはじまり
結果として、イザベラ夫人とマヌエル氏との戦略的な作戦は成功していた。
先日、行われたレウルスとルイーズのアンサンブル演奏会の評判はかなり良かった。
“恋の挨拶”を演奏する時に、イザベラ夫人からお互いに目でコンタクトをとってみて!とやたらと言われたので試してみたところ、それが夫人の目論見通り、評判となったのである。
ルイーズは元メッツォでヘンリー王子の婚約者でありながら、アードルフとの恋を選んだ女性ということで知られている。
「ペアの相手が、同郷で所属していた楽団も一緒となれば、そりゃ騒がれるかもね。ヘンリー王子の婚約者時代から2人は付き合っていたんじゃないかって言う人もすでにいるみたいだよ」
フローレンスたちに誘われて、ルイーズはレウルスとともに街のカフェに来ていたのだが、フローレンスの言葉にルイーズはカップを持つ手を止めた。
懸念していたことが、やはり現実になっていた。
「そういうことを言われそうだから、あえて人前では気を付けてレウルスと距離を保っているのに」
「あの演奏会があまりにもいい感じだったってことでしょ。演奏中、2人で見つめ合うところ、いいなって思ったもん。あ、演奏ももちろん素晴らしかったわよ」
「本当に?」
ジロリとフローレンスを見る。フローレンスとコンラートは、アンサンブル演奏会に来てくれていた。
「私、いつのまにか“恋多き女”になってしまったみたい。演奏よりそちらが注目されているわ」
「そんなことはないと思うけどさ。.....こうなったら、開き直って付き合えばいいじゃない?」
「そうだ。人前で堂々とできない付き合いなんて幸せとは言えないだろう」
フローレンスとコンラートが言う。
「それは私たちも話し合ったわ、ね、レウルス?」
「ああ。オレだってそうしたいが、ルイーズが苦しい立場になるだろうからガマンしているんだ。それに、ルイーズの父や兄に許可を得ていない」
「アードルフ兄は許可なんてもらってなかったけど?」
フローレンスが普通にアードルフの名前を出した。ルイーズは冷や汗が出る。
「あいつは自分の立場に自信があるから、問題ないと思ったんだろう。それにあの時は特殊な状況だった」
レウルスが冷静に言葉を返す。ホッとした。レウルスの前でアードルフの話はカフェでの一件以来、避けていた。
「レウルスは自信がないのか?」
コンラートが聞く。
「……以前よりは自信はついた。だが、ルイーズとは根本的に立場が違う。慎重にいきたい」
「今や、レウルスはコンクールでも連続で受賞する実力ある音楽家じゃん。ルイーズのお父様たちも認めてくれるでしょう?メッツォの誇りなんだから」
「そうと言えるのかな……?」
レウルスが珍しく弱気な姿をさらしたので、フローレンスたちが必死にフォローしだした。
「ルイーズはお父様たちにはまだなにも話していないの?」
「まだよ。言ったらなにが起きるか分からないもの」
ルイーズが言うと、フローレンスがタメ息をつく。
「はああ。この2人ってなんだかもどかしい」
「分かるな」
コンラートもうなずいていた。
「そうだ、ギャエルを間に挟むのはどうだろうか?彼も大変な注目を集めている」
「どういうこと?」
「ギャエルは、ボロゴ楽団に在籍しているヴェネジクトを尊敬しているという話を聞いた。彼を交えた三重奏をやるのはどうだろう?ボロゴ楽団はメッツォの楽団だから、君らが言えば彼は興味を示すかもしれないぞ」
「つまり、人数を増やすことで色物扱いされないようにするということか?」
「そうだな」
コンラートの発言はとても興味深い。だが、今やギャエルも大変な注目株であるから実現は難しい気がする。
だが、音楽院でギャエルに会った時に、チラリと話してみたら意外にもスンナリ彼は受け入れたのだった。
「しばらくは1人で演奏会をやるつもりだが、今度の夏に実はヴェネジクトに会いにメッツォに行きたいと思ってたんだ。ルイーズとレウルスの祖国だろ?やろうぜ」
今すぐではないが、ギャエルとのトリオでまさかの凱旋公演を行う計画が立ち上がった。
イザベラ夫人とマヌエル氏に話すと、面白い!とすぐに食いついた。
「ギャエルがまだどことも正式に契約を結んでいないのがラッキーだわ!こうなったら是非とも彼の希望を叶えて私たちが……楽しみだわ~!メッツォではなにを買って来ようかしら??」
イザベラ夫人が早くも張り切り出した。
「コンラートの発言からとんとん拍子に話が進むなんてね。……コンラートが卒業してしまうのが寂しいわ」
「いなくなるわけじゃないよ。フローレンスの送り迎えぐらいはしたいからね」
...........音楽院は卒業の季節を迎えていた。
本日は卒業式でフローレンスに付き添ってルイーズも出席している。
「ルイーズ」
声をかけられた。アードルフだった。
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