◆第11章 塵も積もれば山となる

音楽院の新しい季節

山間の町での演奏会は、大成功だった。


もともと、避暑地で夏を快適に過ごそうという裕福な人たちが多かったのもあって、音楽を好む観客が多かったのだ。


彼らは耳が肥えているから、口コミで評判は伝わっていくだろうと思われた。


その予想は当たって、ほかの都市での巡業でも非常に評判が良い。


もともと、クリスティアンやマティアス自体がディートマルでは知られた人物である。クリスティアンが主催する演奏会に興味を示す人が多かった。


「演奏旅行はとてもためになったわ。場所によって音の響き方を考えたり、本番への心構えも調整したり.....。実際にやってみないと分からないことばかりだったわ」

「でしょう??誘った私はエライ!」

「ええ。とってもエライわ。ありがとう!」


帰りの列車の中での会話だった。


クリスティアンとマティアスとは、また近いうちに演奏会を開こうと言って、ディートマルの駅で別れた。付き合いは短いが、ずっと一緒にいたから別れる時は泣いてしまった。


「戻ったらすぐに後期の授業が始まるね」

「ええ。この夏は充実していたけれど、あっという間に過ぎたわ」

「いろいろあったね」


フローレンスに言われてそうだなと思う。


(トリアに戻ったらアードルフと話さねばならないわ)


指輪も返さねばと思っていた。彼がルイーズに似合うと贈ってくれたピンクの石の付いた指輪はとても美しかったけれど、これは返すべきだ。


アードルフとはこじれてしまったが、自分はメッツォを代表してトリアとの友好を深めるという役割もある。そのためにも、アードルフとはきちんとしようと考えていた。


(彼はまだ3年生で音楽院に所属しているし、音楽院で顔を合わせることもある)


「ルイーズは、トリアに戻ったらアードルフ兄とハッキリさせるんだよね?」


フローレンスに聞かれた。


「ええ。お互いのためにきちんと話した方がいいと思っているわ」

「立ち合おうか?演奏旅行に連れ出したのは私でもあるし。一応、責任を感じているんだ」

「彼も少しは落ち着いたと思うの。大丈夫よ」


長い列車での移動が終わると、夏の終わりを感じた。駅では、同じように演奏旅行やマスタークラスに参加していた生徒などを多く見かけた。


レウルスもそろそろ戻って来るはずだった。


屋敷に久しぶりに戻ると、疲れがドッと出た。


「はああ、戻って来た感がすごいわ」


ルイーズは深く息をつき、荷物を床に置いた。屋敷の窓からは、夏の終わりを告げる柔らかな日が差し込んでいる。


「お嬢様にとって忙しい夏になりましたからね」

「私だけではないわ。皆、将来がかかっているから講習会に出たり、私のように演奏旅行に出ている人もたくさんいたりするし」


そうつぶやきながら、ルイーズは自分だけではなく周囲の努力にも思いを馳せていた。誰もが夢のために一歩一歩進んでいるのだ。



怪我から復活したジーナとデニスには、アードルフとのことを伝えていた。彼らはルイーズのことを思って怒ってくれた。


「さあ、明後日からすぐに授業が始まるわ。準備しなくては」


新学期に向けた荷物の片付けや用意をして翌日も過ごしていると、夕方になってデニスが手紙を持ってきた。


「お嬢様、レウルス様のところに顔を出してきたんですが、手紙を受け取ってきましたよ」

「ありがとう。レウルスも戻ったのね。......それにしても、あなたたちの友情は続いているのね」

「お嬢様のお相手になる方かもしれないですしね。オレは彼が好きですし、友達だと思ってもらえるなら光栄です」

「彼と仲良くしてね。.........彼はそうね、今以上に近い人になるかもしれないわ」


ついつい先走って言うと、ニンマリしたデニスが部屋を出て行った。


.......手紙を開くと、想像通りレウルスの愛の言葉が書いてあった。


《ルイーズへ


トリアに戻って来た。明日から音楽院の授業が始まる。会えるのが楽しみだ。愛している》


とても短い文章だったが、旅の間もこうして手紙を届けてくれた。最後には必ず“愛している”と書かれていた。


………翌日、音楽院に行くと急いで教室に向かう。


「ルイーズ!」

「レウルス!」


2人してなんとも言えない気持ちでいると、ディーターが割り込んで来た。


「いやあ2人とも!会いたかったよ!!」

「私もよ。 ディーターの夏休みの収穫について聞かせてちょうだい」

「もちろんだよ。ああ、話すには時間が足りないよ」

「落ち着け。また授業が始まるんだ。いつでも話せる機会はある」


興奮するディーターと共にわちゃわちゃと騒いでいると、授業が始まった。去年よりも専門的な授業になっている分、集中しなくてはならない。


………ランチの時間になった。


示し合わせたようにいつものメンバーでランチを食べる。アードルフはさすがに来ないだろうと思っていたが、ランチ時間の終わりかけにアードルフが姿を現した。ディーター以外は緊張した顔になる。


「ルイーズ、放課後に話がある」

「ええ、私も」

「じゃあ、庭で待っている」


そう言うと、アードルフはほかの学友と共に行ってしまった。


「……もしかしてケンカ中?」


なにも知らないディーターが聞いてくる。


「まあ、そんなようなものよ」

「ケンカするほど仲がいいっていうもんね!」


ディーターが話し合いの結末を知ったら驚くのだろうな、と思ったルイーズだった。

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