すれ違うアードルフとの話し合い

放課後になった。


アードルフに言われた音楽院の庭に来ると、アードルフが立っていた。


彼の金髪が風になびいている。彼はこんなクールに見える人だっただろうかと感じた。


庭の草の匂いが鼻をくすぐり、冷たい石畳の感触が足裏に伝わってくる。


「待たせてしまったかしら?急いで来たのだけど……」

「いや、大丈夫だ」


アードルフの表情は硬い。


“立ったままで話すのも…”という言葉を言えないくらい、緊張した空気が流れていた。


「アードルフ、手紙で気持ちを伝えてしまったこと、ごめんなさい」

「……手紙の内容は本気か?」

「ええ。あの時、どうしてもあなたと共に帰るという気持ちにはなれなかったわ」

「僕は……!君が心配で駆けつけた。それを分かってくれないのか?」

「それは分かっているわ。だけど、だからって皆に迷惑をかけてまで帰るのは違うと思ったの。クリスティアンなりに考えたベストなバランスだったから」

「君は、“これだけしかない”って考え過ぎなんだよ」


アードルフの冷たい言葉が胸に刺さる。トゲトゲしい彼の言い草にエレオーラのことを言いたくなった。


「……私を理解してくれようとはしないのに、どうしてエレオーラさんのことだけは理解できるの?」

「なんだって?......もしかして、君はエレオーラに嫉妬してあんな結論を出したのか?」

「エレオーラさんのことで胸が痛んだから、きっと嫉妬していたのは事実でしょうね。でも、結論を出したのはそれだけが理由ではないわ」

「君にはきちんと説明したはずだ。当時の彼女は精神的に参っていた。そんな人間を放っておけるか?僕は人として人道的な行いをしたに過ぎない。それをそんなふうに言うのはおかしいじゃないか」


(ああ、この人には私の傷ついた気持ちが分からないのね)


いよいよアードルフとは分かり合えないのだと思うと、真実を話そうと決めた。


「私、あなたの様子がおかしいと思ってから、護衛に観察させていたの。私も現場に行ったわ。まさか、あなたがエレオーラさんにキスされるところを見るとは思わなかった」


ルイーズの言葉にアードルフは分かりやすく動揺した。


「僕を見張っていた、ということだな?.....それであの場面を見たと」

「探っていた、と言うとお互いに気まずくなるから言わなかったの。勝手なことをしたのは悪かったわ」

「.........君が急によそよそしくなったのはそういうことだったんだな。おかしいと思ったよ。突然、相談もなく演奏旅行に出掛けたのも、一緒にトリアに戻ろうとしなかったのも、これで理解できる」


彼は、見張っていたことを怒るかと思ったが、ルイーズが自分の指示に従わず、別れ話をしたことの根拠として捉えたようだ。


「ルイーズに心配させたことは謝る。全て解決したら話すつもりでいた。でも、彼女にキスされたのは口じゃない。それに、彼女とはそんな甘い関係ではなかった」


彼の主張だと、キスは口ではなく恋愛感情が無ければ関係ない、と言っているらしい。


(不可抗力だったかもしれないけれど.........その後の行動を見ていると、屁理屈に感じるわ)


「理由が分かった今、僕たちはまだ終わりにはできない。一緒にトリアに戻ってくれなかったのはかなりショックだったけど、理由が理由だ。水に流そう」


(そういうことじゃないわ……)


信頼関係が大きく揺らいでいるのに、水に流して今まで通りになんて過ごせない。


「エレオーラさんがあなたに男性としての感情を抱いている状態で、このままあなたと続けるのは無理だわ」

「だからそれは、彼女は精神的に参っているからで.........」

「ごめんなさい、もうダメなの」

「僕には君がどうして、そんなことを言うのか分からないよ」


話は平行線のままだった。


「私たちの信頼関係は崩れているのじゃないかしら。……これ以上続けて行くのは疲れてしまうだけだわ」


視線を落とす。


「どうして......!ルイーズはそれでいいのか!?後悔しないのかっ!?」


アードルフがムキになっているのが分かる。


(.........苦しい気持ちを抱えて付き合うなんておかしいわ。彼はそれを理解できない)


ルイーズはなにも言わず、背を向けると歩き出した。


「ルイーズ!」


アードルフが呼んでもルイーズは止まらずに歩いていく。


「…………なんて愚かなんだ」


アードルフがつぶやいた。


「........愚かなのはアードルフ兄だよ」


少し離れた木の茂みからフローレンスとコンラートが姿を現した。


「お前たち!聞いていたのか!」

「アードルフ兄はもっとルイーズの気持ちを考えてあげるべきだった」

「盗み聞きするなんて!.......演奏旅行での状況はとても看過できなかったよ!」

「もっとスマートに解決できればよかったのにね」

「は?」


フローレンスが肩をすくめた。コンラートもうなずいている。


「黙っていようと思ったけど、アードルフ兄が怒りまくってたクリスティアンとマティアスは恋人同士だよ。それを分かっててルイーズは同じコテージで過ごしていたの」

「はあ!?そんなこと、彼女は一言も言わなかったぞ!」

「それはルイーズの優しさだよ。勝手に人に話すことじゃないってね。私は勝手に言っちゃったけど」


アードルフは唖然とした。


「あとね、ルイーズはキスを目撃した後、すっごくツラそうにしていたよ!反省してよね!」

「だからあれは......!」


言いながら、確かに彼女は音楽院をしばらく休んだことがあったな、とようやく思い出したアードルフだった。

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