アードルフの葛藤

つい感情的になってルイーズに指図するようにして置いて来てしまった。


隣町の宿屋に戻ると、自分のしたことが感情的だったと思った。


(だが、僕は夜通し駆けつけたんだ。なのに、あんなに酒を飲んで男たちと同じ屋根の下で過ごしていたかと思うと許せない)


そういう気持ちがどうしてもある。


そして、ルイーズはそのことをなんともないように言うのだ。


(事故のせいで仕方がない事態だった?フローレンスたちに気を使った?)


冗談じゃない、と思った。


(フローレンスたちも気を使えないのがいけないが、僕のことを思うのならばフローレンスと共に泊まるべきだったんだ)


自分は、ルイーズをずいぶんと支えてきたつもりだ。


ルイーズがトリアに来てから、慣れないトリアでの生活も馴染めるように気遣ったし、バイオリンのアドバイスも特別賞までもらえるほど指導したつもりだ。


なにより、ヘンリー王子との望まない婚約を解消できたのは自分がいたからだ、と言い切れる。


(なのに、どうしてあんな裏切りのようなことをするんだ………!)


そう考えると、収まりかけていた怒りの気持ちがまた湧いてきた。


ルイーズには冷静になって考える時間を与えるつもりで、あの山間の町に置いてきた。


(荷造りするのに時間がかかったとしても、そろそろこちらにやってくるはずだ)


明日には出発するつもりでいる。自分の帰りを待つ人がいるのだ。


(エレオーラだって、彼女の娘のヒセラだって僕を待っている)


エレオーラには、恋人に会いに行くと言って出て来た。


彼女はそれを聞いて悲しそうな顔をしたものの、快く送り出してくれた。彼女は実家のライトムント伯爵家に戻ることができて、ようやく心の病も治りつつある。


(エレオーラだって不安で僕を頼りたいところ、僕を送り出してくれたんだ。ヒセラだって僕としばらく会えなくなるのを泣いて嫌がったんだから)


自分を必要としている人がいると思うと、なおさらルイーズが勝手に演奏旅行に出かけることを決めて、乱れた生活をしていたと思うと許せなかった。


(僕は正しいんだ)


そう自分の中で結論を出すと、立ち上がった。


窓の外を見ると、宿の前にはいくつも馬車が来ている。その中の1つからルイーズが降りて来るのではとしばらく見ていた。


が、彼女が馬車から降りてくることはいつまでもなかった。


(ちくしょう……!いつ来るんだ!?)


イライラして彼女を待つ。


(荷物が多いのか?迎えに行くべきか?)


どうするべきかと迷っていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。


ハッとして急いで扉を開けると、見知らぬ青年が立っている。


「誰だ、君は?」

「僕はこれをルイーズさんからアードルフさんに渡すように頼まれました」


青年が手紙を渡してきた。


(手紙........?)


アードルフは混乱しつつも、動揺を気取られぬように青年に声をかけた。


「……どうも。駄賃を渡そう」

「いえ、すでにルイーズ様から頂いてますので!」


そう言うと、青年はペコリとお辞儀をして去って行く。


アードルフはイヤな予感がしながら手紙の封を開いた。


《アードルフへ


私はどうしてもこのメンバーと演奏旅行を続けたいと思っています。私の勝手な願いを押し通すことを許してください。


あなたは私がこんな結論を出したことに不満でしょう。


私たちがもし、お互いに分かり合うことができないのであれば、それはもう、それぞれの道を考え直す時なのではないかと考えています。


あなたにはとても感謝しています。でも、いつの間にかあなたとはすれ違ってしまいました。


旅から戻ったらきちんとお話をしましょう。 ルイーズ》


アードルフは手紙を読み終わると、ソファーにドサリと腰を下ろした。


「なんなんだ、これは……!」


頭を抱えた。


「僕は充分、待ったぞ?それがどうしてこんな結論になる?理解できない!」


アードルフはフラフラと立ち上がると、まとめていた荷物を持って部屋を出た。


(僕はトリアに帰る。一刻も早く)


ルイーズとの関係に終止符を打つまで決心はできないが、とにかくここを去るのだ、という気持ちになっていた。


帰路の途中、本当に自分が正しいのか、あるいは間違っていたのかと揺れる思いが続く。


答えの出ない問いを繰り返すだけの旅路は、やけに長く感じられた。


――トリアに帰ったアードルフはすぐさま、ライトムント伯爵家に顔を出した。


「あ、アードルフお兄ちゃんだ!」


ライトムント伯爵に抱えられたヒセラが声を上げた。エレオーラも飛び出してくる。


(僕の待つ人たち……!)


アードルフはヒセラとエレオーラを抱きしめ、満たされぬ気持ちを慰めたのだった。

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