怒れるアードルフ

「一体どこから突っ込めばいいって言うんだ!」


アードルフが怒っている。クリスティアンは一応、気にしたようでシャツのボタンを留めていた。


「そんなに興奮して言うようなことじゃないと思うけど。僕の服装が乱れていたからってなんだって言うんだい?」

「何度も言うが、ルイーズは僕の恋人だ。恋人の前で男が半裸をさらすのは正しいのか!?」

「それは....良くはないね。でもさ、ついさっきこの姿で会ったばかりだよ。なにも一晩中ルイーズとこの恰好で過ごしたわけじゃない」

「当たり前だ!」


どうもクリスティアンとアードルフの相性は良くないみたいだ。


「アードルフ、落ち着いて!」

「落ち着けないね!どうして君は平気なんだ!?」

「平気ではないわ。......これは事故みたいなものよ」

「そう、これは事故みたいなものだ」


クリスティアンも言う。


「とりあえずさ、僕とルイーズは誤解されることはしていないし、そもそも僕たちは2人きりじゃない」

2じゃない?」

「とにかく部屋に入ってくれる?座って話そうよ」


クリスティアンは酒ビンが転がる部屋へとアードルフを案内する。


散らかる部屋の有様を見て、アードルフのこめかみには青筋が立っている。


「......こんなに散らかって。気ままに酒盛りを楽しんでいたのだな。人の気も知らずに」


(人の気も知らずに.....?そういえば、駅では事故があったのだったわ)


「駅で事故があったのに、ここに辿り着くのは大変ではなかった?」


ルイーズが気にして言うと、アードルフがすぐさま反応した。


「大変だったさ。駅で陥没事故が起きたのを知るなり、迂回して馬を替えながら夜通しやって来たんだ。そしたら、こんなだ。怒る気持ちも分かるだろう?」

「そうね。大変だったのにごめんなさい.......」


自分のことを心配して駆けつけてくれたのだと思うと、申し訳ない気持ちになって素直に謝った。


「だから僕は演奏旅行に反対したんだ。こんなおかしな部屋割りなんて認められるか!」


アードルフは話しているうちにまた興奮してきた。


「......事故のせいでコテージは宿泊客がいっぱいよ。部屋割りについては仕方がないところがあるわ」

「そんなことはないね。フローレンスはどうしたんだ?彼女と一緒に泊まれば良かっただろう」

「えーとさ、それは彼らは婚約している関係だし、僕らが気を使ったんだよ。このコテージには個室が3つあるし。カギ付だし問題ないかと」


クリスティアンが言う。


「問題ありまくりだ!!ひとつ屋根の下に女性が1人、男が2人もいる!そこのお前を入れて!」


アードルフが指した方には、マティアスが半裸状態で立っていた。彼も胸元がはだけている。


(なんで、彼らは乱れた服装で出て来るのよ!本当にプラトニックなのでしょうね....?)


ルイーズが目のやり場に困って横を向いた。


「これは普通じゃない。ルイーズにふさわしい環境ではない!」


確かにこれはふさわしい状況とは言えない。だが、今は事故が発生したせいで結果的にこうなっている。


(彼らがだと分かればいいのでしょうけれど。かと言って彼らの関係を勝手に言うわけにはいかないわ)


「......彼らは紳士よ。寝る時の姿は人それぞれだわ」

「君は甘いよ!女性がいるということを気にせず、乱れた服装でウロウロする人間なんて信用できるか!」

「少し言い過ぎだわ。あなたが訪ねて来たから慌てて服装が乱れているだけよ」

「彼らを庇う必要なんてない。とにかく、僕はこの状態を看過するわけにいかない。ルイーズ、帰ろう!」

「え?」


アードルフが驚くことを言った。


「帰るなんてできないわ。巡業は決まっているのよ」

「君にふさわしい環境が得られない状況で、演奏旅行を続ける必要はないよ」

「待って。これは私一人の問題じゃないわ!」


クリスティアンやマティアスもうなずいている。


「僕はルイーズが大事だ。大切な君がこんな行き当たりばったりの巡業に参加しているなんて耐えられない」

「......事故が原因だわ」

「たとえキッカケがそうだとしても、配慮できない彼らといるのはふさわしくない。ここは僕と共に帰るべきだ」


アードルフは断言する。


「.......私は演奏旅行を続けたいの」

「そんなに大事なこと?」

「大事に決まっているわ。........あなたは私のことだけを考えて言っているけれど、この巡業には多くの人が関わっているの。それなのに、あなたの言うことは勝手だわ」


初めてアードルフを否定するようなことを言った。ドキドキする。


「.......君にとっては演奏旅行は初めてだもんな。参加したいのも分かる。だが、僕はこんな彼らと旅を続けることを認めるつもりはない。.........頭を冷やしたら隣町の宿屋に来るといい。明後日にはトリアに戻るからそれまでに必ず」


彼はキッパリ言うと、振り返りもせずにコテージを出て行く。


(彼は私の意思を尊重する気持ちが全くないのね.......)


ルイーズはその場に立ち尽くしていた。


「はあ、嵐のようだったなあ。君の恋人、ずいぶんコワイ人だよねえ」

「私もあんなに激しいところがある人だと思っていなかったわ。この前、レウルスとケンカした時に初めて知ったぐらいよ」

「そうなんだ。.......それにしても僕たちの関係のことを君は言わなかったね。なんだかごめんね」


確かに、クリスティアンたちの関係を言えば状況は変わったかもしれない。けれど、アードルフが違う意味で怒ることになるかもしれない。


(男性同士で愛し合うやつらのところにルイーズを置いておけるか!なんて怒る可能性もあるわよね.......)


「で、君は恋人と共にトリアに帰るの?」

「.......帰らないわ」

「それでいいの?後悔しない?」

「しないわ。帰る方が後悔するもの」

「そっか」


クリスティアンは主催者であるのに気持ちを押し付けることなく、きちんとルイーズに意思を確認してくれた。


それに比べてアードルフは自分の主張だけをぶつけている。彼が幼稚に思えた。


自ずとアードルフに対して冷ややかになる自分がいたのだった。

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