アードルフとのお茶と揺れる指輪

エレオーラが音楽院まで乗り込んで来た事件は内々に処理された。


アードルフはエレオーラの両親を説得し、彼女の面倒を見るようにしたのだった。両親は娘の姿を見て、怒るというよりも哀れな気持ちになったらしい。


追い詰めてしまったことを後悔しているという。


そして、孫の存在はとても大きかったようだ。孫の愛らしい様子を見て、エレオーラの母が夢中なのだとか。エレオーラの子ども時代の洋服を出してきては着飾らせていると聞いた。


「一件落着というところなのかな?」


今は、フローレンスと演奏旅行前の最後の買い物に来ていた。疲れたのでカフェで一休みしている。押しかけ騒動のことを話していた。


「まだ、完全に元通りというわけではないわ」

「アードルフ兄と話したんでしょう?」

「..........彼、エレオーラさんにキスされたことを話さなかったわ」

「それは、ルイーズがイヤな思いをするから言わないのでしょう?」

「フローレンスだったら、隠されている方がいいの?」

「知らない方がいいかなあ。でも、こっちが知っていたなら、隠されていたことに腹が立つ」

「そういうことよ」


思わず賛同するようなことを言ってしまったと、フローレンスはすぐにアードルフのフォローをしだした。


「でもさ、隠すのはルイーズが大切だからだし。言わなくてもいいこと言って心配させたくない気持ちも理解してあげようよ」

「理解しようと思ってるわ。複雑ではあるけれど」


自分の相手が女性にキスされるということが2回も起きたのだとフローレンスも話したら、彼女は同情してくれるのだろうか。


以前、ヘンリーがリリアンにキスされた時に、“ヘンリーの心をしっかりと掴んでおかないのがいけない”と王妃に言われた。それは思いのほか胸の奥に重たく沈んでいた。


気にしないようにしていたけれど、心のどこかで引きずっている自分がいた。


「アードルフは、私がエレオーラさんのことを理解したと思って、晴れ晴れしていたわ。でも、キスのことを知っている私はモヤモヤがあって。だからといって、私がキスの現場を見たと話したらややこしいことになるでしょう?」

「もうさ、思い切って目をつぶってあげればいいんじゃないかな。隠されたのはイヤだけど、あんな状態のエレオーラにキスされて喜ぶ男なんている?相手にしてないよ」


確かに、心を病んだエレオーラはどこか恐ろしかった。彼女に好意を向けられたとしても同じように気持ちを返すのは難しいだろう。


「アードルフ兄には幸せになって欲しいし、ルイーズにも幸せになって欲しいから仲良くして欲しい」

「フローレンス……」


フローレンスには世話になっている。心配して夏の演奏旅行に誘ってくれたのも彼女だ。しかも、アードルフに相談する前に勧めてくれた。


「なるべく前向きに考えるようにするわ」

「うん、そう願ってる」


カフェでフローレンスと別れると、もう一つの用事のために店を移動した。


店を移動した先ではアードルフが待っていた。ルイーズの姿を見つけた彼はスッと立ち上がる。


「ルイーズ、本当にごめん!!」


個室で良かった、と思った。こんなことを大勢の前で言われたら、フラれたと思われたかもしれない。


「アードルフ、落ち着いて。座りましょう」

「君に迷惑をかけてしまった。ルイーズになにも無くて良かったよ」

「レウルスのおかげだわ」

「ああ、今回ばかりはヤツに感謝するよ」


彼の口ぶりから未だ、レウルスを面白く思っていないのが分かる。


「手紙で大体は教えてもらったけれど、事態は落ち着いたといっていいのかしら?」

「落ち着きつつあるよ。エレオーラの精神が安定するまで顔を出すようにするつもりではあるけれど。ヒセラ……彼女の子どもの名前なんだけど、彼女がとても可愛くてね。僕に懐いてくれているんだ」

「そうなの」


アードルフはにこやかに話していた。


「.......アードルフ、エレオーラさんがあなたに好意を抱いていたことは知っていたわね?」


妙に彼がスッキリしてしまっているので、思わず口に出した。


「好意?彼女は心細かっただけだろう。まさか、ルイーズの元を訪ねると思わなかったけれど」

「私の元を訪ねたのは、私をあなたから引き離そうと考えたからだわ。エレオーラさんはあなたを愛していると言っていたの」

「......エレオーラは精神を病んでいる。たとえ、彼女がなにかを言ったとしても、真面目に受け取らなくてもいいのではないかな」


彼の笑顔が消えて真面目な顔で言っていた。


「それがあなたの答え?」

「彼女は病気だ。精神的な病は自分で治したくても治しがたいものだと思うよ。だから今は、彼女の言うことはともかく、優しく見守ってあげることが必要だと考えている」


精神的に病んだ人を知らないルイーズにはよく分からなかった。


「君は不安に思っているかもしれないけれど、僕を信じて欲しい。僕は君が好きなんだから。心配することなんてないさ」

「……」


彼の言うことは分かったが、なんだか釈然としなかった。


「..........明後日からディートマルに向かうわ。しばらく離れることになるから手紙を書くようにするわね」

「ああ。僕も時間を見つけて会いに行くから」

「分かったわ」


その後、アードルフはルイーズに贈り物をしたいというので、買い物をすることになった。


ルイーズに指輪を贈るのだ、と言って彼はピンクの石のついた指輪をプレゼントしてくれた。


ピンクの石は高価ではあったが、なんとなくリリアンのことを連想させられた。だが、アードルフがやたらとピンクの石を気に入っていたので、ほかの物がいいとは言えなかった。


帰りの馬車の中、アードルフはルイーズの薬指にはめられた指輪を満足げに撫で続けたのだった。

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