アードルフの説明

アードルフの引っ掻かれた顔の傷が痛々しい。


ジーナを呼ぶと薬箱を持ってきてもらうと、手当てをする。


「いろいろとゴメンね」


手当ての最中、アードルフは申し訳なさそうにうつむいていた。


「……あなたがしていたことは、おおかたの予想がついていたわ」


アードルフがハッとしたように顔を上げた。


「勘付いていたのか?」

「皆、あなたの様子がおかしいのを感じていたわ。だけど、誰もなにも言わなかっただけよ」

「.........どうして君は、僕になにも聞かなかった?」

「あなたこそ、どうして今まで話さなかったの?」

「それは、落ち着いてから話すべきだと思ったから.......」


彼が視線を逸らす。


「私は正直、すぐに話して欲しかったわ」

「だから、君は怒っていたんだな?素気なかったのはそういうことか.....」

「.....素気なかったのはあなたでしょう?」

「申し訳ないと思っているよ。でも、ルイーズなら分かってくれると思っていたから、エレオーラのことを優先したんだ」


(私なら分かってくれるから?)


この人は私ならば後から話しても許すと考えているのだろうか、と思った。


「………それで、どうするつもり?エレオーラさんはお子さんと良い関係を築けないほど追い込まれているようだけれど」

「今、彼女の実家と話し合いを始めたところなんだ。僕のことを気にしてエレオーラにも厳しく対応していたからね。僕が間に入ることで、彼女の状況も改善できるのではないかと思っている」

「........お子さんには責任はないのだから、きちんとした環境を用意してあげなければならないわね」

「ルイーズならそう言ってくれると思っていたよ。ありがとう、理解してくれて!」


アードルフがルイーズをガバリと抱きしめる。


彼はルイーズの言葉を聞いて、隠れて支援していたことを許して力になってくれると受け取ったらしい。


(アードルフは、人の機微に聡いと思っていたけれど……。今の彼はエレオーラのことで頭がいっぱいなのね)


言葉通り、エレオーラをしているようだ。


「......具体的にはどうするつもりなの?エレオーラさんは働ける精神状態ではないのでしょう?」

「彼女、僕と話している時は落ち着くんだ。きっと、昔の楽しい頃を思い出すからだと思う。だから、彼女が実家と和解できるまでは、なるべく側にいて支えてあげようと思っている」

「......しばらく、忙しいのが続くというわけね」

「心配かけてすまない。でも、もうしばらくしたら解決できるはずだから。落ち着いたら、ディートマルでの巡業にも顔を出すから」


頭を撫でられる。


ディートマルまで会いに行くと言ったのは彼なのに、まるでこちらから頼んだような言い方をする彼に少しイラッとした。


キスのことは伏せて、ようやく自分に秘密を打ち明けた今、彼は堂々とエレオーラを助けようとしている。


(彼にこのモヤモヤした気持ちをどう説明したら、分かってくれるのかしら)


「.......あのお子さんをどうするの?」

「あの子はこれからエレオーラの実家に連れて行こうと思っている。とても愛らしいから、きっとエレオーラの両親の考えも変わるだろうな」


アードルフは、恋人の承諾をとれたのだと思って張り切っていた。


「.......そうであることを願うわ。お菓子を持たせてあげましょう」


ジーナを呼んで菓子を用意してもらう。メイドに連れられて戻って来た女の子は、菓子をニコニコしてを受け取っていた。


「じゃあ、僕はこの子を連れて行くね。また、連絡するよ」


そう言うと、彼は慌ただしく去って行った。


「.........お嬢様、あの子は一体どちらのお子さんだったのです?どういう状況なのですか?」

「ジーナ、説明しておくわ」


隠すにも限界があるだろうと思って、ジーナに事情を説明した。そのうえで頼んだ。


「このことは、お父様たちには伝えないでちょうだい。話せば、心配するだけだから」

「かしこまりました。私は旦那様が主でも、お嬢様の味方ですから心配なさらないで下さい」

「ありがとう」


自分の味方だと言ってくれたジーナに、もっと早く話せばよかったと思った。


「しかし、お嬢様はこれでいいのですか?アードルフ様のされていることを納得できますか?」

「.......彼はエレオーラさんを恩人だと言ったの。私にとっての恩人はアードルフだわ。借りを返すつもりでしばらく様子を見守ろうと思うの」

「.......それは愛と言えるのですか?」

「え?」


ジーナが真剣な顔をしていた。


「........いえ、失礼いたしました。私が口を挟むことではありません」

「いいのよ」


ジーナと話していると、デニスがやって来た。


「お嬢様、少し宜しいでしょうか?」

「どうしたの?」


デニスは側にジーナがいるので気にしている。


「ジーナには全て話したわ。お父様たちには伏せてもらう約束をしたから大丈夫よ」

「そうなのですか。では、ここでお話をさせてもらいます。実はあれからアードルフ様の様子を探っていたのですが....」

「まだ、探っていたのね」

「はい、心配でしたので」

「ありがとう。それでなにかあったの?」

「はい。アードルフ様は顔にケガをされていましたが、あれはエレオーラ嬢がしたことです」

「ええ、そう本人から聞いたわ。子どもを叩こうとして止めに入った時に引っ掛かれたのでしょう?」

「彼は、そう説明したのですか?」

「そうよ」


途端にデニスの眉間にシワが寄ったのだった。

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