レウルスの提案

目の前には盾の紋章がついた門が見えた。


「あの紋章はどこのだったかしら……?」


ルイーズが考えていると、レウルスは顔見知りらしい門番と話していた。閉まっていた重々しく門が開いて中へと入って行く。


「レウルス、誰の屋敷なの?」

「もうすぐ分かる」


なんだか、はっきりと言わない。


とうとう屋敷の扉の前までやって来ると、執事らしき男性が待っていた。


「突然の来訪とは。どうされましたか?」


こちらも慣れた様子で会話している。


「突然、訪ねてすまない。夫人は?」


(夫人?レウルスが知り合いの夫人と言えば………)


「あら~、珍しいお客様を連れていらっしゃったのね!」


聞き覚えのある声が聞こえたと思ったら、イザベラ夫人であった。あの紋章はコンスタンツェ伯爵家の紋章だったのだ。


レウルスに手を携えてもらいながら馬車を降りると、動揺しつつ優雅にカーテシーをする。


「あら、とても美しいカーテシーですこと。さすがメッツォ国王子の元婚約者だけありますわね」


(まだ、しつこくそのことを言うのね)


嫌味を聞かせるために連れてきたのではないでしょうね、とチラリとレウルスを見ると、レウルスは気まずそうに視線をそらした。


「夫人、折り入ってお願いしたいことがあって来たのです」

「まあ、なんでしょう。あなたの頼みですから伺ってみましょう」


ペールブルーに塗られた壁が美しい部屋へと案内された。すぐにお茶の用意がされる。


「素敵なお部屋ですわね」

「とても美しいでしょう?このペールブルーはね、ナサレナブルーと言って………」


しばらく夫人の話が続く。彼女は話が好きなようだ。夫人の話が途切れたところで、レウルスが口を開いた。


「夫人、今夏の音楽公演旅行で提案したいことがあったのです。いきなりですが、ルイーズ嬢も音楽旅行に加えてみてはいかがでしょうか?」


レウルスの言葉に夫人の片眉がピンとはね上がった。ルイーズも驚いてレウルスを見る。


「ルイーズ様を今夏の音楽公演旅行に?」

「彼女は先のコンクールで特別賞を受賞しています。私単独での公演よりも、彼女とのアンサンブルを売りにしたらどうでしょうか?」


レウルスが驚くような提案をしていた。


「まあ、華やかになって面白味はあるわ。だけど……」


夫人がジロリとルイーズを見る。


「レウルス、あなた最近痩せたこともあって女性から人気が出ているのよね。そんな時にルイーズ様とアンサンブルするのは得だと思う?」

「彼女とはフルンゼ楽団からの付き合いですから、息の合った演奏ができると思います」


負けじとレウルスもメリットを伝えている。


「息が合った演奏は当たり前よ。こちらとしてはマイナスの要素を持つわけにはいかないの。あなたは金賞、ルイーズ様は特別賞。アンサンブルが良いという確証は?」

「ここで演奏させてもらっても?」

「ぜひ、見せてちょうだい」


急遽、夫人の前で演奏することになり、ルイーズは緊張した。


「レウルス………」

「急ですまない。でも、オレたちならできるはずだ」


弦の調節をすると、それぞれ楽器を構える。曲は“恋の挨拶”だ。何度なく演奏してきているから心配ない曲ではある。目配せをすると弾き始めた。


ルイーズは緊張していたが、弾いているうちにだんだんお互いの波長が合うのを感じた。ラストに向かってもう一度目配せをすると、美しい余韻を残して曲を終える。夫人が手を叩いた。


「素晴らしいわね」

「では……」

「でも、ダメ。レウルスは今、売り出し中のチェリストですからね。アンサンブルは悪くないわ。やるなら、時期を見てからね」

「………」


レウルスが黙ってしまった。


「………機会を頂いたことに感謝します。では、これにて私たちは失礼させて頂きますわ」


ルイーズは黙々とバイオリンをケースに収めると、レウルスを連れて屋敷の外へと出た。馬車の前では退屈そうにデニスが立っている。


「お帰りなさいませ。ささ、どうぞ」


馬車に乗ると、レウルスが口を開いた。


「......すまない。いきなり連れて来て、いきなり演奏させて、イヤな思いをさせた」

「確かに急にイザベラ夫人の元に連れて来られたのは、少しイヤだったけど、演奏を褒めてもらえたから気にしないわ」

「だが、ルイーズとのアンサンブルは叶えられそうにない……」


レウルスが下を向く。


「レウルス、あなたは私に新しい世界を見せてくれようとしたのでしょう?そうしたら、アードルフのことを気にする時間が無くなるだろうと考えて」

「……あいつのことを思い出させないというよりも、つまらないことに時間を費やすならば、オレと一緒に演奏旅行に行って、演奏のスキルを磨いた方がいいと思ったんだ」


彼らしい理由だった。


「ありがとう。以前は‟ルイーズは演奏家を目指しているわけではないだろう?オレはやらなくちゃいけないことだから、演奏旅行に行くんだ“なんて言っていたのにね」

「オレが言ったこと、覚えていたのか?」

「私は記憶力がいいのよ」

「......本当にすまない。あの時は初めての演奏旅行で肩に力が入っていて………何度も言うがすまない」


ルイーズにしきりに謝るレウルスだった。

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