◆第9章 新世界

音楽院に復帰

フローレンスたちが帰宅した後、ルイーズはボーッと外を見ていた。


(私、こんな状態で音楽院に行けるかしら)


テーブルに目をやると、アードルフからの手紙が目に入った。彼は、ルイーズが休んでいることを聞いて手紙をよこしていた。


手紙の内容は体調を伺う内容と、体調が良くなったらどこかに行こうというような内容であった。


(彼からなにも気遣いがなければ、怒ることもできたかもしれない)


今はただ、音楽院から離れる理由ができればいいのに、という気持ちである。


音楽を学ぶことからは離れたくはないが、アードルフのせいで音楽院に行きたくないと考えてしまう。


(でも、そんなのはダメよ。アードルフが私を裏切ったというわけではないのだから……)


彼からキスしたのであればアウトだが、あれはエレオーラからだった。だから、彼の裏切りだとは言えない。


問題なのは、アードルフがルイーズに知らせずに隠れて彼女を見守っていることだ。今後も会い続けるのだろうか。


(......とりあえず、音楽院には明日から通うわ。私には音楽がある)


なかなか眠れなかったが、ギュッと目を閉じて無理やり眠りについたのだった。


………翌日、音楽院に行くとレウルスがすぐに側に来た。


「ルイーズ、大丈夫だったか?」

「デニスと連絡を取ってくれていたのでしょう?ごめんなさいね」

「気にするな。それよりこれ。ルイーズが休んでいた間の授業内容だ」


レウルスはルイーズが休んでいた間の授業内容をノートにまとめてくれていた。とてもありがたい。


「ありがとう。とっても助かるわ」

「オレをもっと頼れよ」


レウルスがルイーズの頭を撫でる。撫でられると、気持ちが少し安らいだ。


「フルンゼ楽団の絆は強いんだなぁ!」


ディーターが微笑ましそうにこちらを見ていた。


彼はのほほんとしている人である。彼は自分たちの複雑な状況を知らない。


(知らないことが、平和な場合もあるのね)


......午前中の授業が終わると、ランチの時間になる。


「ルイーズ、食堂に行くのは止めておくか?」


レウルスが気遣ってくれた。


「いいえ。このままずっとそうするわけにはいかないもの」

「分かった。オレは側にいるから」


ルイーズは小さくうなずいた。とても頼もしい。


食堂に行くと、すぐにアードルフが寄って来た。


「ルイーズ、体調は大丈夫?手紙を送ったけど見てくれていた?」

「ええ。返事を書かなくてごめんなさい」

「いいんだ。具合が悪かったのだから」


アードルフがルイーズに触れようする。ルイーズは思わず避けてしまった。


「……ルイーズ?」

「アードルフ、フローレンスたちが手招きしているぞ」


見ると、フローレンスたちが席を確保したと手を振っている。


席について食事をしている間、フローレンスはいつもより口数が多かった。というより、ずっと彼女はしゃべっていた。彼女なりに気を使っているのだろう。


「私は先に行くわね」


ルイーズは悪いと思いつつも食事を終えると、席を立ち上がった。すぐにレウルスも立ち上がる。


逃げるように食堂から去ると、アードルフが慌てて追いかけて来た。


「ルイーズ、どうしたの急いで。まだ体調が良くない?」

「ええ、まあ.......」


(自然に振る舞うのがこんなにつらいなんて………)


表面を取り繕うのは得意だったのに、今の自分は正直になりすぎてダメだなと思う。


「ルイーズは病み上がりだし、放課後の練習の開催は控えた方がいいよね?」

「ええ、そうね.......」


(放課後の練習を無くそうとするのは私のためではなくて、あなたのためではないの?)


そんな言葉が出そうになって、グッと飲み込んだ。


エレオーラの働く店は午後から開店している。放課後の練習が無くなれば、すぐにでも向かうことができるだろう。


「オレが側で面倒を見ているから、お前は心配するな」


レウルスも同じ想像をしたのか、ツンとして言う。


「お前が側にいるのはなんだか気に食わないが、同じクラスだから仕方ない……ルイーズを頼んだぞ」


アードルフはそう言うと去って行った。


「ルイーズ、放課後はオレに付き合ってもらえないか?連れて行きたい場所があるんだ」

「………ディーターのお兄さんが働くお店はイヤよ」

「そんなわけ.......」

「え?なんで兄さんの店がイヤなのさ?」


すぐ後ろを歩いていたディーターが反応した。


「え....と、それはソーセージは美味しいけれど、頻繁に食べたら太るからよ」

「ソーセージ以外にもいろいろとあるって」

「......ごめんなさい。病み上がりだから今は遠慮しておきたいの」

「...ああ、そうだよね!気が回らなくてごめんね」


なぜかディーターに謝られた。彼は空気を読めないところがあるが、気のいい青年だ。謝らせてしまって悪いような気がした。


「ディーター、戯曲論はどこまで進んでるの?」


ディーターは舞台音楽論を専攻していた。


「ああそれはね………!」


彼が意気込んで話し出した。彼は得意分野のことを語り出すと夢中になる。もう謝ったことなど忘れているだろう。レウルスも肩をすくめている。


.......放課後、レウルスが連れて行きたいという場所に向かうため、一緒に馬車寄せに向かった。馬車の御者席にはデニスがいる。


「おんやぁ?本日はレウルス様もご一緒ですか?」

「ああ。今日はここに行ってもらいたい」


レウルスはゴニョゴニョとデニスの耳元で行先を告げている。


「なぜ、私には聞かせないの?」

「……まあ、ちょっと」


返事にならない返事にモヤッとしたが、馬車に乗り込むとレウルスが今日の授業の内容について話し出したので、そちらの話に集中した。


「着きましたよ!」


馬車は、見知らぬ立派な邸宅前に停まっていたのだった。

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