楽団長はモテ男
「あなたも貴族なの?」
「あなたも、と言ったね。じゃあやっぱり君も貴族なんだな」
「……」
早々に貴族だとバレて、ルイーズはもはや身分をこのレイニーの前で偽るのをやめようかと考えた。
カフェにいた音楽家たちから、フルンゼ楽団を起ち上げた人物以外は基本、庶民の集まりだというのも聞いていた。ということは、この目の前にいる男性が、その庶民ではない人物だったというわけだ。
「まず、オレのことから話そう。オレはね、サンス男爵家の長男なんだ。君も貴族なら知っているだろう?音楽一家でそこそこ知られていると思う」
(サンス男爵家って聞いたことがあるわ。それにしても男爵家なのね……)
「名前は知っているわ。あなたの姿を見たことはなかったけど」
「そうなの?オレもまだまだなんだなあ。はい、次は君の番。どこの誰なの?」
(同じ貴族といっても私の家の方がはるかに上。これは正直に言わない方がいいわね)
ふと、母方の遠い親戚の家が浮かんだ。あそこは確か、子爵家だったはずだ。男爵よりも上ではあるが、そう対して変わらないだろうと思えた。
「リルト子爵家の娘よ。ここのフルンゼ楽団は貴族を嫌っていると聞いて……だから、偽ったの」
「なるほど。確かにここの楽団員は、貴族が好きか嫌いかと言われれば嫌いである方だな。でも、オレが貴族だっていうのは皆、知っている。でも、皆はなにも言わない。なぜなら、楽団を起ち上げたのはオレと弟だからね!皆に気さくに接しているのもあるし」
「やはりあなたが起ち上げた楽団だったのね」
「そうだよ。それくらい知って応募してきたんだと思ったけどなあ」
レイニーが軽く肩をすくめた。
「ごめんなさいね。実は先日、広場で演奏している姿を見てあなたたちのことを知ったの。でも、あまりに素晴らしかったから、私も参加したいと思ってやってきたのだわ」
「へえ。君ってずいぶん行動力があるんだね。普通、貴族のお嬢様が単身乗り込んで来ないよ。無鉄砲だなあ」
「……悪いんですの?」
「いや、自分の欲求に正直なところはいいね。まあ、音楽は貴族かどうかより、実力がものを言う世界だし。……君が貴族だというのは皆には伏せておこうか」
「ええ、そうしていただきたいわ。先ほどの方にも」
「レウルスにも?」
「そう、その方にも」
当たり前ではないか、と強調するように言う。
「あいつは心配ないよ。だってオレの弟だし」
「え、あなたの弟?」
「そう。だから君が子爵家の娘だって知っても大丈夫だよ。まあ、君の家の方が爵位的には上だけど、ここに所属する限りは特別扱いするつもりはないし」
「それは構わないわ」
レイニーやレウルスが自分と同じ貴族だと知って実のところ、ホッとした。平民よりは、やはり同じ貴族である方がなにかとわかり合えることもありそうだ。
(それにしても、あの例のチェリストがこの人の弟だとは……)
レイニーをよく見ると、確かに目鼻立ちが似ている。ソックリだ。
ただ、レイニーはシュッとしていてスマートだから、全体の雰囲気が違う。
「なになに?オレに見とれちゃった?」
「ち、違いますわ!」
「ハハ、冗談だって。それよりさ、君の話し方はちょっと上品すぎるな。ここじゃ浮くからもっと気楽な話し方にしようか。ちなみに、皆は名前で呼び合っているんだけど、君のこともオリビア、と呼んでいい?」
「いいわ。私はあなたのことをどう呼べばいいのかしら?」
「レイニーって呼んでくれてOKだよ」
「……え。そんな親し気に?せめて、“さん”を付けたいわ」
“さん”付けじゃなくていいのに~と、言うレイニーはかなり女性に慣れているらしい。
「私は抵抗があるわ。幼馴染でもないし、恋人でもないのだから。それに、あなたは楽団の代表でもあるわけだから、敬意を持って“さん”付けで呼ぶわ」
「まあいいけど。オレは綺麗な子にそのままの名前で呼ばれたいけどね♪」
「あなたは軽薄ね」
「そういうこと言わないでよ。オレって意外とモテるんだよ?」
確かにカフェで出会った女性音楽家はレイニーのファンだったみたいだ。
「そうみたいね。でも、私はその一人にはならないわ」
「気高いなあ。さすが。……さてさて、おしゃべりはここまでにして、皆にきちんと紹介しようか。おいで」
レイニーに手を取られ、皆が練習する空間へと連れて行かれる。彼は頭上でパンパンと手を打ち鳴らした。
「はいはい注目~!今日からオリビアがバイオリニストとしてフルンゼ楽団に入団することになったよ。皆、仲良くしてやってね!」
「美人さんですね~!オリビアちゃんよろしく~!」
オーボエを持っていた男性がすぐに反応する。こんな気さくに言われたことがないので、ルイーズはたじろいだ。クラリネットやサックスを持っている男性陣も騒ぎ始める。
「オレはさ~、クラリネット担当で名前はエグモントって言ってさ……」
「お前、そうやってすぐ狙おうとするなよ。あ、オレはね~」
「お前らうるさいぞ!」
「リーダーは彼女がいっぱいいるからいいですけど、オレたちも愛を求めているんですよ!」
「アホか!あの子たちは彼女じゃないぞ。ただ、言い寄られているだけだ」
「うわ~自慢かよ。リーダー、最低~!」
目の前、聞いたこともない口調のやりとりが続いている。ルイーズは目をパチクリさせた。
(平民の男性ってこんなことを話すのね)
チラリとレウルスの方を見ると、うるさそうな顔をしている。
(よかった。彼は軽薄ではなさそう)
ルイーズは笑みをこらえて下を向いた。
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