第38話「凍える路地の異変」



 雪に覆われた街は、不自然なほど静まり返っていた。

佑真と綾杜は、ひとけのない通りを足音を殺して進む。

吐く息は白く揺らぎ、頬に触れる空気は鋭い刃のように冷たい。

その先――街外れの細い路地に、黒いコートの集団が佇んでいるのが見えた。

胸元に輝く赤いエンブレムは、見間違えようもない。ノクス団だ。


「……何人いる?」

「見えるだけで六人。でも、奥にまだいそうだ」

綾杜の低い声は雪に吸い込まれ、緊張感をさらに際立たせる。


 そのとき、彼らの一人がモンスターボールを放った。

閃光と共に現れたのは、鋭い眼光を放つカジリガメ。

甲羅を軋ませながら雪を踏み砕き、低く唸る。

冷気の中、その吐息さえ白く濁って見えた。



---


「グレイシア、《れいとうビーム》!」

「グレイ!」

 青白い光線が一直線に走り、カジリガメの足元を瞬時に凍らせる。

だが相手は力任せに氷を砕き、なおも前進してくる。


「ケロマツ、《みずでっぽう》で援護!」

「ケロッ!」


 放たれた水流は、狙いが外れて壁を直撃した。

だが、それだけでは終わらなかった。

水の粒子が異様な勢いで膨張し、霧のように路地を覆い始めたのだ。


「な、なんだこれ……!?」

佑真が腕で顔をかばう間にも、視界は真白に閉ざされていく。

ケロマツの瞳が青白く光り、周囲の雪が次々と溶け、また凍り始めた。

その光景は美しくも、危うい。



---


「ケロマツ、やめろ!」

必死の声に反応はない。

小さな体が震え、力を制御できないまま暴走している。

足元の雪は水たまりとなり、それが瞬時に氷へと変わっていく。


「……制御できてない」

綾杜が短く言い、前に出る。

「俺がカジリガメを止める! お前はケロマツを!」


 ニンフィアが光をまとわせた《マジカルシャイン》を放ち、カジリガメの動きを鈍らせた。

その隙に佑真はケロマツのもとへ駆け寄る。



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「大丈夫だ、もう怖くない」

雪に膝をつき、小さな体をしっかりと抱きしめる。

自分の鼓動を伝えるように、腕に力を込めた。

「お前はもう一人じゃない。俺が守る」


 次第に震えが収まり、青白い光が消えていく。

「ケロ……」と弱々しい声を残し、ケロマツは佑真の胸に顔をうずめた。



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 安堵する間もなく、路地の奥から低い笑い声が響いた。

「へぇ……あの実験体が、まだ動けるとはな」


 重い足音が雪を踏みしめ、一人の男が姿を現す。

黒いコートに包まれた筋肉質な体、鋭い眼光――写真で見た顔、そのままだ。


「……小長谷大作」

自然と名前が口からこぼれる。


「久しぶりだな、“失敗作”」

男は冷たい笑みを浮かべ、ケロマツを見下ろす。


 その瞬間、ケロマツの体が小さく震えた。

佑真はさらに抱き寄せ、睨み返す。


「何を……言ってる」

「すぐに分かるさ。お前も、その青いカエルもな」


 吹雪が強まり、白い雪煙が二人の間を遮った。

その向こうで、大作の手がゆっくりとモンスターボールに伸びる。

次の瞬間には戦いの火蓋が切られようとしていた――。




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